がん後の人生もポジティブに美しく前進する!水田 悠子さんの原動力とは
がん後の人生もポジティブに美しく前進する!水田 悠子さんの原動力とは

がん後の人生もポジティブに美しく前進する!水田 悠子さんの原動力とは

シリーズ
ライター
公開日
Dec 13, 2021
「がんの経験を新たな価値に繋げ、自分だけでなく後に続く人も幸せにできたら」 そう話すのは、株式会社encycloの代表、水田 悠子さんだ。水田さんは、29歳で子宮頸がんに罹患し、手術の後遺症としてリンパ浮腫を発症した。 リンパ液が溜まり脚が慢性的に太くなるリンパ浮腫。水田さんは悪化を防ぐため、常に医療用弾性ストッキングを履かなければならなくなった。しかし、医療用弾性ストッキングは分厚いうえ、ほとんどが海外メーカーのもので、日本人には色やサイズが合いにくい。 がんの治療は順調だったが、仕事もおしゃれも楽しめなくなってしまった水田さん。そんな彼女が葛藤を乗り越えて、自ら医療用弾性ストッキングを開発・販売するまでのお話を伺った。彼女の経験は、がん経験者はもちろん、想いをどう形にすべきか迷っている人の背中も押してくれるはずだ。

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水田 悠子(Yuko Mizuta)

株式会社encyclo 代表取締役社長/共同創業者

1983年東京都生まれ。新卒でポーラに入社し、主に商品企画部で勤務。2012年、29歳で子宮頸がんに罹患し、リンパ浮腫を発症した。

2020年には、ポーラ・オルビスグループより株式会社encycloを創立。同年12月、同社ブランドのMAEÉ(マエエ)から、ケアと美しさを両立した医療用弾性ストッキングを、そして2021年10月には、保湿ケアが欠かせないリンパ浮腫の方に向け、ボディクリームを発売した。

充実した毎日を襲った子宮頸がん

水田さんは、新卒でポーラに入社し、商品企画部でさまざまな商品を手がけた。2012年、主力ブランドのリニューアルにあたって、念願のメーク商品のメイン担当を任された矢先に、子宮頸がんの告知を受けた。

「がんになった途端、すごくこだわっていた企画中のファンデーションの色や質感について、『もうどうでもいい』と思ってしまったんです」

仕事をする気持ちになれず、告知後そのまま休職した。

手術は成功し、治療は順調だったが、職場復帰が視野に入ってきたころには仕事に対する自信を失っていた。がんになり、「仕事なんてどうでもいい」と思ってしまった自分に対して、「ものづくりをする人間として失格だ」と感じていたのだ。

さらに、術後の後遺症としてリンパ浮腫を発症。常に医療用弾性ストッキングを履くことになったが、足元の不自然な見た目が気になり、大好きだったおしゃれも楽しめなくなった。

採用育成担当だった齋藤さんとの再会

水田さんは上司と相談のうえ、かつていた商品企画の最前線ではなく、フレキシブルに働ける裏方のチームに職場復帰した。しかし、以前のように仕事に没頭する気持ちには、もうなれなかった。

そんななか2016年の春、水田さんは自身の採用育成担当者だった齋藤 明子さんとの再会を果たす。水田さんを心配した産業保健の担当者から、齋藤さんに声がかかったのだ。しかし、「商品企画という、クリエイティブな仕事をする自信がない」と話す水田さんに、齋藤さんはどんな言葉をかければいいのか分からなくなってしまった。

「今までたくさんの人のキャリア相談に乗ってきたのに、水田さんには、まったくアドバイスできなくて。このころから、病気になっても頑張りたい気持ちを、この会社でどうしたら応援できるのかを考えはじめました」

株式会社encyclo 取締役/共同創業者 齋藤 明子さん
株式会社encyclo 取締役/共同創業者 齋藤 明子さん

一方、水田さんはこう振り返る。

「齋藤さんが、『私も20代で病気になって、全部嫌になって仕事を辞めちゃった。嫌になっちゃうのも分かるよ』って言ってくれて。この言葉で、『仕事なんてどうでもいい』と思った自分を、少し許せた気がしました」

完治が見えて悩み始めた、がんの経験の置きどころ

がんの告知から4年経ち、「この先も生きていけるのかもしれない」と思った水田さんは、新たな悩みに直面する。

「がんの経験の置きどころに迷っていました。例えば、犬に噛まれたみたいに、『痛くて大変だったな』と片付けてしまうには、がんの経験は私に大きな影響を与え過ぎていました。かといって、この先の人生、ずっと闘病中の気持ちのまま生きていくことはできないと思って」

模索するなかで、「STAND UP!!」という若年性がん患者会に参加し、立ち上げメンバーの一人である鈴木 美穂さんに出会う。当時の鈴木さんは、がんに影響を受けた人たちが集う施設「マギーズ東京」の立ち上げに奔走しており、水田さんは友人として、同団体のチャリティーグッズの商品企画に携わることになった。

「マギーズ東京のグッズ作りは、がんに影響を受ける人に役立ちたいという気持ちと、仕事で培った商品企画のスキルが初めて合致した経験でした。ここから、『がんの経験を忘れなくても、前進はできる』と思うようになったんです」

マギーズ東京のグッズ作りに参加する水田さん
マギーズ東京のグッズ作りに参加する水田さん

水田さんは、鈴木さんら有志が立ち上げた「CancerX」という、がんに関する多様な課題の解決を目指す団体にも参加。2019年に行われた同団体のイベントでは、団体メンバーの働きかけで、勤務先であるポーラ・オルビスグループからのスポンサードが決まった。

「勤務先がスポンサーに決まったことを知って、仕事と『がんに影響を受ける人の役に立ちたい』という想いは融合できるかもしれないと感じました」

同イベントでは、当時、会社でがんに関わる仕事をしていた齋藤さんと再会することになる。

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2人に1人ががんになる時代に誕生した、がんになった社員のサポート制度

齋藤さんは、2016年の水田さんとの再会後、ポーラのダイバーシティへの取り組みの一環として、乳がん経験者のポーラショップオーナー(ポーラが商品販売などの委託販売契約を結んでいるビジネスパートナー)の話を聞く機会があった。オーナーが、がんの経験を踏まえて地域社会に貢献する姿に、感銘を受けたという。

「がんについて調べると、今はおよそ2人に1人ががんになるうえ、就労世代の罹患率は女性の方が高いと知って。女性社員が7~8割を占めるポーラ・オルビスグループで、がんになった社員をサポートする制度が必要だと感じました」

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そうして2018年、ポーラの「がん共生プログラム」がスタート。治療と仕事を両立するための制度はもちろん、がんチャリティ運動への参加など、社内外に向けた取り組みが始まった。

がんの経験を仕事に。社内ベンチャー制度への応募

ポーラでがん共生プログラムが始動した背景もあり、親会社のポーラ・オルビスホールディングスが、CancerXのイベントスポンサーになることを決定した。がん共生プログラムの一環として齋藤さんから取材を受けた水田さんは、齋藤さんにCancerXのイベント運営への協力を依頼した。

「そのころ、社内ベンチャー制度のエントリー期間で、がんの経験を仕事に活かせるかもと思って挑戦を考えていました。それを齋藤さんと会ったときに話したら、新たな視点から助言をくれて。最終的に二人でエントリーすることにしたんです」

書類審査は無事通過。しかし、当時のビジネスプランは、がん経験者のコミュニティーや、がん後の美容情報提供サービスの創設などで、経営審議のたびに厳しい指摘を受けた。つらい時期だったが、やりたいことを考え続けるうちに、がんの経験の置きどころが明確になったという。

「エントリーの時から『がん経験者が主役』、『経験を価値に変える』という軸はぶれませんでした。そのころから、『がんを経験したからこそできることで、本人にも、後に続く人にも役立つことを生み出したい』と考えるようになりました」

しかし、ついに「次の審議でダメなら、事業化は白紙にする」と言い渡されてしまう。追い込まれた二人は、原点に戻って最終審議に臨んだ。

「最後のプレゼンは、『がん経験者の起業家を作る!そして、その第一号が私である!』と言った感じで、実はプランにもなっていませんでした」と、水田さんが振り返る。

「水田さんの鬼気迫るプレゼンは、ロジカルじゃなかったけど、『社会に意義があるし、そんなにやりたいならやってみる?』と、会社が根負けしてくれましたね」

2019年12月、最後の審議は驚くほどスムーズに通過した。

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悩みが原動力に!MAEÉのストッキング誕生と今後の夢

2020年の年明け、二人はエントリー時から一度もぶれることがなかった、『美しくありたいという気持ちを大切にすること』という3つ目の軸を再確認した。このときのことを、齋藤さんが振り返った。

「年末の審議では具体的になっていませんでしたが、改めてビジネスプランを考えるなかで、『ストッキングやりなよ』って言ったんです。水田さんが何年も向き合ってきた、辛さや悩みの象徴である弾性ストッキングが、まさに美しくあることを象徴するアイテムだと思って。

リンパ浮腫は知名度が低いし、市場もそれほど大きいわけではありません。商売になるのか不安はありましたが、ここに行動を起こすことで、社会全体が『がん後の人生をよりよくすること』を考えるきっかけになったらいいじゃないかと思いました」

https://maee.jp/

水田さんは、自身の実体験を事業のテーマとすることについて、どう感じたのだろうか。

「あるとき、『一生こんなストッキングを履くなんて、嫌だな・・・』と言ったら、がん経験者の友達がすごく同意してくれたんです。その経験から、これは自分だけ我慢すればいい問題じゃなくて、社会として改善すべき問題なのかもしれないと思っていて。そこへ客観的な視点を持つ齋藤さんからも背中を押されたことで、覚悟が決まりました」

こうして生まれたMAEÉのストッキングは、透明感のある自然な見た目が特長だ。縫い目が腹部の手術跡にあたらない設計は経験者ならではのアイデアで、他社商品との差別化を実現している。

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最後に、水田さんに今後の展望について伺った。

「今後は、さらに当事者の方と共創できる企画のほか、ファッションや日々の生活でのリアルなお悩み解決も実現したいです。

あと、MAEÉの開発で改めて、『経験したからこそ分かることは価値になる』と確信しました。例えば、ストッキングの縫い目が手術跡に当たると不快ということは、経験者にとってはごく普通のことなんです。でも、ものづくりでは経験者しか知らないことは、新たな価値の種になります。

これからも、がんやリンパ浮腫当事者の経験を商品やサービス作りに繋げて、多くの方が前進するきっかけを作っていきたいです」

encycloのwebマガジンでは、リンパ浮腫の方の声を集めて、多種多様な生き方や、医療用弾性ストッキング/スリーブと合わせた洋服のコーディネートを紹介している。水田さんはこれからも、がんの経験を胸に、前へと進んでいく。

Words to Live by

  • 水田さん
This is me!

大好きな映画、グレイテストショーマンに出てくる曲名です。いつだって至らないところはたくさんあるのですが、まずは全部ひっくるめて「これが私!」と全力肯定して、前に進みたいと思っています。

  • 齋藤さん
人間が一人ひとり誕生するごとに、なにか新しいユニークなものが世界に持ち込まれる。

ドイツ人政治哲学者ハンナ・アーレントさんの『人間の条件』の中の言葉です。語られた当時の時代背景(戦後処理が続く1958年)と、今の時代背景は違うけれど、この言葉がとても好きです。

私自身、何を考える上でも、人の個性と多様性、そして価値を真っ先に頭に浮かべます。そうすることで今まで見えなかったことが見えてくるから。この言葉の可能性に満ちた明るいエネルギーが、私を勇気づけてくれます。

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写真/株式会社encyclo 提供

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執筆者

Deeper ライターズ

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