食卓を支える化学肥料の危うい現実(1)
79億人を支える化学肥料
食卓を支える化学肥料の危うい現実(1)
79億人を支える化学肥料

食卓を支える化学肥料の危うい現実(1) 79億人を支える化学肥料

今年5月中旬、農林水産省は、農業の生産力向上と持続性の両立を実現をめざす「みどりの食料システム戦略」を策定した。その中で、農薬の削減、化学肥料の削減、そして有機農業の耕作地の向上を謳った。

みどり戦略は▽2050年までに農林水産業のCO2排出量ゼロの実現と、耕種部門では▽2040年までにネオニコチノイド系農薬を含む従来の殺虫剤を使用しなくてもすむような新規農薬等を開発、▽2050年までに化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減、▽2050年までに輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量の30%低減、施設園芸では2050年までに化石燃料に依存しない施設への完全移行を目指す 「みどり戦略」を決定 2050年有機農業100万haめざす-農水省

これまで日本の農業は化学肥料や農薬を前提とした慣行農法(※)を主体とし、農水省も慣行農業を念頭に置いた農業政策を進めてきた。有機農法と比べて、慣行農法の方が効率的で収穫量も多いとされてきたからだ。

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※慣行農法(Conventional Farming)とは、広く普及している農法のことで、一般的には化学肥料や農薬を使用した農法を指す。 辞書的な意味では「各地域において、農薬、肥料の投入量や散布回数等において相当数の生産者が実施している一般的な農法のこと。」(Weblio辞書

日本政府はなぜこのタイミングで化学肥料の削減へと方針転換したのだろうか?

そもそも化学肥料を減らしながら農業を続け、収穫高を維持し、自給率を上げることは可能なのか?見ていきたいと思う。

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日本の有機農業の浸透率は先進国で最低

上記の農林水産省が発表した「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに有機農業が農地に占める比率を25%に高める目標を掲げている。

現時点の日本の有機農法の農地は0.5%と言われており、先進国で最も低い水準だ。

(※下図の0.2%は有機JAS取得の面積。有機JASを取っていない取り組み面積を含めても「0.5%」と言われており、中国の0.6%と比べても低い。)

また、マーケット(消費者)サイドから見ても、有機食品の消費額は先進国でも低い位置にある。

有機農業の推進は今に始まったわけではなく、以前から推進されていたが、中々進展しない実情がある。

日本では2006年12月、超党派による議員立法により「有機農業推進法」ができた。この法律に基づき、農水省は2014年4月、新たに「有機農業の推進に関する基本的な方針」を打ち出した。目標も掲げた。「2018年度までに、現在0.4%と見込まれる我が国の耕地面積に占める有機農業取り組み面積の割合を倍増させ、1%とする」とうたった。 ところが、目標達成期限から1年が経とうとしている今、この目標を達成できる見込みはたっていない。 東洋経済:日本の有機農業がいま一つ広がらない構造要因

世界は脱化学肥料の方向へ

この有機農業化、脱化学肥料の動きは日本独自の流れではない。2015年に国連が合意したSDGs(持続可能な開発目標)以前から、世界では環境配慮型の農業への移行が進んでいる。

欧州委員会は2020年5月20日、「Farm to Fork戦略」という農業政策の中で、2030年までに化学肥料の使用を20%減らす目標を出している。

このFarm to Forkでは、2030年までに有機面積を25%まで引き上げる目標も掲げている。2020年8月時点でのEUの有機面積は約8%。これを10年で25%に引き上げる野心的な目標だ。野心的な目標に、EU域内でも一部から懐疑的な声が上がっている。

一方、日本の現在の有機面積はたった0.5%。その日本が2050年までに25%に高める目標を掲げた。欧州の今後10年で8%→25%でも達成が容易ではないと言われる中、30年間とはいえ、0.5%を25%まで引き上げる日本の目標がいかに波紋を及ぼすか想像に難くないだろう

有機農業化の流れは欧州だけで注目されており、欧州以外では無頓着な話題なのだろうか?「欧州は環境配慮が進んでいるから、有機農業の流れは欧州だけが勝手に盛り上がっているのでは?」との声も聞こえそうだが、この流れは欧州だけではない。全世界に広がっている。

例えば、米国。米国農務省は、2020年2月に「農業イノベーションアジェンダ」を公表し、環境フットプリント50%削減を設定している。バイデン政権も農業の脱炭素化の方針を表明している。

米国の農産物においてトウモロコシに次いで2位の生産高の大豆において、アメリカ大豆輸出協会(USSEC)は2013年から「大豆サステナビリティ認証プロトコル(SSAP)」を通じて持続可能な農法を推進しており、「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」を掲げている。化学肥料の使用も適切に管理し必要以上に与えないように求められている。

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このSSAP認証はヨーロッパでも高い評価を得ている。

この流れは欧州、米国だけではない。

中国も化学肥料の削減、有機農業・環境再生型農業への推進には積極的な姿勢を見せている。例えば、2015年に「2020年までに化学肥料使用量のゼロ増加を達成する法律」を成立させている。

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後述するが、中国は化学肥料使用量が世界で最も多く、単位耕作地あたりの化学肥料使用量も世界平均の約4倍あり、化学肥料の削減は喫緊の課題になっている。

前編の位置づけとなる本稿では、どういう経緯で化学肥料が使われ、なぜ近年、化学肥料削減へと方向転換しているのかを述べていきたい。

化学肥料を多く使う日本の農業

さて、日本は世界的に見ても化学肥料の使用量が多い国の一つだ。

FAO(国連・食糧農業機関)によると、2019年の全世界の化学肥料使用量は平均122.01 kg(ヘクタール当たり)である。

(※使用量は三大栄養素の窒素、リン、カリウムの各肥料の合計値)

世界銀行のデータでも、2018年の世界の化学肥料使用量は136.8kg(ヘクタールあたり)とFAOのデータと大きく変わらない。耕作地面積一ヘクタールあたりの使用量は120-140kg程度が世界平均となる。

以下、世界銀行が出している国別の時系列での化学肥料使用量(ヘクタールあたり)のチャートである。 (元データのリンクはこちら

各地域/国の状況を纏めると、

■ヨーロッパは1970年代は250キロと多かったが、1990年を通して減少し、現在では150キロ前後と世界平均と同等に減少させている。

■米国は、1970年代から世界平均とほぼ同等であり、現在も128キロ前後。

■中国は1970年当時は70キロと少なかったが、増加を続け、現在では400キロと非常に多い。

■日本は1970年代は400キロと世界平均の6倍程度と多かったが、徐々に減少。それでも250キロ前後と世界平均と比べて非常に多い。

ちなみに、世界で最も多いのは香港で、ヘクタールあたり3500キロとなる。世界平均の30倍以上だ。その他、1000キロを超えているのは、マレーシア、バーレーン、ニュージーランド、アイルランド、クエートなどとなる。

(国別のランキングはこちらを参照: The Global EconomyのFertilizer use - Country rankings

さて、逆に化学肥料の使用が少ない地域はどこだろうか?

化学肥料の使用が最も低い地域はアフリカ大陸。サブサハラ・アフリカの使用量は20キロ以下と世界平均の1/6。日本の12/1だ。

私が事業をしていたウガンダは化学肥料の使用量は世界でも最も低い部類でヘクタールあたり、たったの2kgである。ウガンダは農業国ではあるが、化学肥料の使用量は非常に少ない。

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注:アフリカの場合、統計データが実態を表わさない場合もあるので、統計情報を過信するのは要注意だ。今回の化学肥料に関しては、現地で活動する専門家の友人と話しても、使用量が少ないことは明白とのこと。

地域別の違いを纏めてみると以下となる。

  • 化学肥料の使用量は世界平均がおよそ130キロ弱。
  • 欧米諸国は概ね世界平均と同等レベル。
  • 日本は減少傾向にあるとはいえ、世界平均の倍程度。
  • 中国は上昇が続き、世界平均の3倍以上の400キロを超えている。
  • 今後、人口が急増し経済発展も見込まれるアフリカの化学肥料使用量は世界平均の1/6しかない。

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需要が増加する化学肥料

各国の使用量は分かった。では、世界全体で化学肥料の需要は伸びているのか?

https://ourworldindata.org/fertilizers

上記チャートは、FAOによる過去50年の三大栄養素の生産量の推移である。

1961年の生産量は33.51百万トンであったのが、2014年には207.98百万トンと6倍以上に伸びていることがわかる。

(※上記チャートのPotashは炭酸カリウム、Phosphateはリン、Nitrogenは窒素のこと)

では、国別の消費量ではどうか?

(さきほど挙げた国別ランキングは耕地面積あたりの使用量であり、上記の表は消費量の総量である点は注意)

国別の消費量をみると、当たり前だが、国土の広い農業生産大国が上位を占める。

1位は中国で世界全体の約25%を占める。次いで、2位がインド、3位はアメリカ、4位ブラジル、5位インドネシアと続く。

以上より、化学肥料は国ごとの耕地面積当たりでの使用量がバラバラではあるが、世界中で使われていることが分かった。さらに過去50年で化学肥料の使用量は増加傾向にあることから、現代の商業化された農業には必須なことが見てとれる。

ではなぜ、その化学肥料を削減する動きになっているのだろうか?

化学肥料削減の理由に迫る前に、そもそも肥料とはなんなのか?を整理したい。

なぜ、農業肥料は必要なのか?

化学肥料の説明の前に、そもそも”肥料”とはなにか?おさらいしたい。

辞書的な定義では、「肥料とは植物を生育させるために、人為的に加える栄養分」のことだ。

もう少し詳しく見ていきたい。

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肥料は世界のどこの国においても、農業が土地に定着してしだいに発展し、農家一戸当りが所有する土地面積が狭くなり、連作や多毛作が行われるようになってから、地力の回復ならびに土地から奪い去ったものを元に戻すという考え方から経験的に開発されてきたものである。

つまり肥料とは、以下の2点がポイントとなる。

  • どこか特定の地域で生まれたものではなく、人類が農業を営み始めてから経験則的に世界各地で開発されてきたもの
  • 収穫量を増やそうとする中で、元々農地に備わっている土壌の回復力を超えた場合に外部から付加するもの。

では、日本の場合はどうだったのか?

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日本でいつごろの時代から肥料が実際に使われ始めたかはさだかではないが、ただ平安時代にはすでに使用された記録が残されている。 (中略) この当時に使用された肥料は山野草(草肥(くさごえ))、厩肥、草木灰などのいわゆる自給肥料であった。ただし、人糞尿(じんぷんにょう)については明確な記録がなく、いつごろから使用され始めたかはさだかではないが、肥桶(こえおけ)の使用から判断して鎌倉時代にはすでに肥料として使われていたことは確かである。 (同ニッポニカ辞典より)

日本(東アジア)の特徴は、人糞尿を肥料に使ってきた。

一方、西欧の場合は、牧畜が盛んだったこともあり、畜糞尿を肥料に使ってきた。

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一方、西欧では家畜の飼養を伴う農業が発達し、古くから動物の排泄(はいせつ)物が肥料としてよく利用された。肥料のことをさす英語のmanure, dungはいずれも家畜の排泄物を意味している。 (同ニッポニカ辞典より)

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地域の産業により、使われる肥料が異なるのは興味深い。

ただ、人糞尿も畜糞尿も自然界に存在するもので、いずれも有機物を原料とした有機肥料だ。

有機ではない肥料も使われていくようになる。

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このような有機質の肥料とは別に16世紀になると無機質の硝石が肥料として有用なことがわかり、18世紀なかばころにはすでにチリ硝石が肥料として広く使用されるようになった。 (同ニッポニカ辞典より)

肥料は原料によって「有機質肥料」と「無機質肥料」の2つに分類される。

■有機質肥料(有機肥料):有機物を原料とする肥料で、草木など植物由来の原料、畜糞や骨粉など動物由来の原料がある。

■無機質肥料(化学肥料):無機質を原料とする肥料で、一般的に化学肥料、化成肥料と呼ばれる。鉱物や石油など、生物由来ではない原料から作られたり、化学的に合成されて作られる肥料のことだ。

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【補足】厳密な定義では、 ・”化成肥料”とは、肥料成分(窒素(N)・リン酸(P)・カリ(K))のうち、二つ以上を組み合わせた複合肥料を指す。実務上は化成肥料=化学肥料と捉えても問題はない。 ・尿素や緩効性肥料などは有機化合物だが、これも化学的工程で作られるため化学肥料として大別される。 ・たい肥・米ぬか・家畜ふん尿・下水汚泥などは、有機物質が主体だが、日本の法律上の区分では”特殊肥料”に指定されており、有機肥料には該当しない。

化学肥料のはじまり

次に化学肥料を紐解いていこう。

化学肥料の歴史は、1909年にハーバー・ボッシュ法というアンモニア合成法が生まれたことから始まる。

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植物の生育に欠かせない栄養素のひとつ、窒素(化合物)。窒素は空気の約78%を占め大量に存在する。しかし、大気中の窒素ガスは極めて安定しているため、ほとんどの生物はこの窒素ガスを栄養として取り込むことはできない。そのため、植物は根を通して地中から窒素を得る必要がある

当時、人工的に生成するのは不可能、工業生産は不可能と言われた窒素をアンモニア合成により実現したのがハーバー・ボッシュ法だ。

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鉄を主とする触媒を使い、高温で窒素(N2)と水素(H2)を反応させて窒素化合物のアンモニア(NH3)をつくる(N2+3H2→2NH3)。 これにより人類は、大気中に無尽蔵にある窒素を、肥料の原料として使えるアンモニアに変換できるようになった。

19世紀、産業革命後の人口増加の時期。

化学肥料の誕生以前は,単位面積当たりの農作物の生産量に限界があった。ハーバー・ボッシュ法による窒素系化学肥料の誕生は、世界を飢餓から救い20世紀の人口爆発に貢献したと言われている。

ハーバーボッシュ法の生みの親の一人、フリッツ・ハーバーは、「元素からのアンモニア合成法の開発」により1918年のノーベル化学賞を受賞している。

一方、アンモニア合成は、高性能爆薬の原料として、その後の戦争にも大きな影響を与える。

アンモニア合成が急速に世に広まったのは、軍事的な意図も大きいと言われている。

当時、トリニトロトルエン(TNT火薬)やニトログリセリン(ダイナマイトの原料)は、チリ硝石(NaNO3)の硫酸分解から硝酸を作ることで得ていた。 ドイツなどはチリ硝石を輸入に頼っており、イギリスなどは海上封鎖して硝石が輸入できないようにしていた。しかし、アンモニアがあれば硝石を得ずとも硝酸塩を作ることができ、これらの原料を作ることが出来る。 「アンモニア合成の発明:東工大:アンモニア合成を通して人類を支えた研究者たち

同じ技術が、飢餓を救う一方で、人を殺める道具としても使われたのは何とも皮肉な話である。(が、世の中にはこういった類の話が多い)

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どうして化学肥料は広まったのか?

なぜ、化学肥料は世界に広まったのだろうか?

一言でいえば、

土壌などの条件に左右されずに、素早く容易に生産量を高めることができるからだ。

農業は、その土地、土壌、作物によって大きく生育が異なるだけでなく、天候、水など周囲の環境によって大きく左右される。収穫量を安定的に向上させるには、育てる作物に合わせて土壌を整える必要がある。土壌の環境は、地中の微生物や土に住む生物などと密接に繋がっており、短期間で整えることは難しい。しかし、化学肥料を使えば、土壌環境に左右されずに、簡単に変化を与えることができる。

つまり、丁寧に土壌作りをする手間を飛ばしても、短期間で作物を育てるのに適した環境を整えることができる。

それはさらなるメリットを生み出す。つまり、有機物が不足して発育に適していない土壌であっても、化学肥料を使うことで収穫量を増やすことができる。

化学肥料は必要な効果をすぐに得られる特効薬のようなものだ。化学肥料は成分含有量が分かるため、必要な量が正確に把握でき、何度も追肥して調節できる。

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化学肥料の登場でヨーロッパやアメリカ大陸を中心に、農作物の生産量は急速に伸びる。

20世紀の人口増加を支え、カバーするに足りる食料の生産量を生み出したと言われる所以だ。

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2005年のStewartらの論文によれば、1ヘクタール当たりの耕地面積で扶養できる人数が,1908年には1.9人だったところ、2008年に4.3人に増加したと試算している。 この増加の要因は、主にハーバー・ボッシュ法などで得た化学肥料のためとしていい。

20世紀は、化学肥料の誕生に加え、安価な化石燃料の誕生で農業機械が生まれる。肥料と機械という近代農法のおかげで、荒廃した土地でも収穫量を大幅に増やすことが可能になった。

一方で、肥料の購入、機械の購入、燃料の購入など、農業は資本集約的な産業になり、大規模化が進んだ。その結果、農村から都市への移動を加速させた。その後、緑の革命とバイオテクノロジーの進歩で、収量はさらに増えていった。知的財産権付きの種子、農業化学製品、商品作物の流通という、現代の慣行農業の基礎ができあがっていった。

今回はここまでにしたい。日本および世界における化学肥料の使用量、そして化学肥料が広まった経緯について記した。次回はなぜ化学肥料が問題視され始めたのか、化学肥料を減らしていくことは可能なのか?を考えていきたい。

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Deeper ライターズ

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