脱炭素社会を達成するために不可欠な「トランジション・ファイナンス」において最も重要なものは何か
脱炭素社会を達成するために不可欠な「トランジション・ファイナンス」において最も重要なものは何か

脱炭素社会を達成するために不可欠な「トランジション・ファイナンス」において最も重要なものは何か

本連載「持続可能な社会のためのファイナンス」においては、過去の連載で、SDGs債ESG投資、そしてインパクト投資を扱ってきました。これらはいずれも、持続可能な社会を達成するために必要なファイナンス手法であり、本連載以外でも一度ぐらいはこれらをニュース、新聞、web等で見聞きしたことがある人も多いものと思います。

一方で、「トランジション・ファイナンス」という言葉はご存知でしょうか。それ程普及しているファイナンス手法ではないこともあり、はじめて聞いたという読者の方もいらっしゃるかもしれません。このトランジション・ファイナンスは、最近出てきたファイナンス手法ではありますが、今後世界が脱炭素を目指すにあたって非常に重要な手法になることは間違いありません。というもの、トランジション・ファイナンスが扱う潜在的な市場規模は、約7,370兆円という天文学的な数字規模だからです。

今回は、このトランジション・ファイナンスについて、そもそもどういったものなのか、そしてなぜトランジション・ファイナンスが重要なのか、さらには、今後トランジション・ファイナンスはどういった使われ方をするのかについて解説を行います。

トランジション・ファイナンスとは何か

金融庁・経済産業省・環境省が2021年5月に発表した「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」(以下、「基本方針」)によると、トランジション・ファイナンスとは「気候変動への対策を検討している企業が、脱炭素社会の実現に向けて、長期的な戦略に則った温室効果ガス削減の取り組みを行っている場合に、その取組を支援することを目的とした金融手法という」と定義されています。

ざっくりいうと、気候変動への対策に必要な取り組みにかかる資金へのファイナンスのことをトランジション・ファイナンスという風に言えます。

現在グローバルな環境において、気候変動やカーボンニュートラルへの対応を世界中の企業は求められています。例えば、パリ協定では、「世界的な平均気温の上昇を産業革命前と比べて少なくとも2℃より十分低く保ち、1.5℃におさえる努力をすること」が世界共通の長期的な目標となっています。さらに、日本においても、2020年12月に「2050年カーボンニュートラルの実現に向けたグリーン成長戦略」が策定されました。

それだけではありません。ESG投資を通じて、機関投資家からは環境、社会、ガバナンスに関するリスクを対応するよう企業はプレッシャーにさらされています。

では、企業は具体的にどのような対応をすればよいのでしょうか。図表1は、前回の記事でも用いたロジックモデルの説明です。

図表1

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この図表1の中に関して、企業は①インプット、②活動、そして③アウトプットにおいて、サプライチェーンを含めて見直すことで、気候変動に対する対応や脱炭素社会への適応をする必要があります。そうすることで、アウトカムとして、パリ協定等を達成することができるようになるからです。

IEAWorld Energy Outlook2020によれば、このパリ協定の達成するためには、全世界で2040年までに累計で約7370兆円規模の投資額が必要と試算されています。この金額は日本のGDP10年分以上で、日本の財政赤字が小さく見えるほどの金額です。では、これほどの金額をどのように手当てすればよいのでしょうか。

そもそも金融とは、資金の余剰主体と資金の不足主体をマッチングする機能の事を言います。多くの場合、資金の余剰主体は金融機関や投資家であり、資金の不足主体は企業や政府となります。このパリ協定実現の文脈でいうと、再生可能エネルギー等への投資のさらなる推進に加え、二酸化炭素の排出削減が困難なセクターにおける低炭素化に向けた取り組みなどで、約7370兆円のも資金が必要としているということであり、その背後にはそれだけの資金供給が必要ともいえます。

このギャップを埋め、産業界が脱炭素社会への移行(トランジション)するためのファイナンスが「トランジション・ファイナンス」なのです。

トランジション・ファイナンスの位置付け

先で述べたトランジション・ファイナンスの定義は、金融庁・経済産業省・環境省が2021年5月に発表した基本指針によるものです。これとは別に国際市場資本協会(ICMA)が2020年12月に発行したクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック(以下、「ハンドブック」)でもトランジション・ファイナンスの在り方について整理されています。トランジション・ファイナンスは新しいファイナンスであり、これら基本方針とハンドブックの議論が一番まとまっています。この両者の関係性は、次のようになっています。

日本においてトランジション・ファイナンスという新しい概念を普及させるにあたっては、国際的なコンセンサスともいえるICMAによるハンドブックの内容と整合的であることは、合理的であるといえます。同時に、パリ協定の実現を含め、脱炭素社会の実現のための道筋は、国ごとによっても当然変わってきます。これらを考慮した上で、日本における脱炭素社会に向けたトランジション・ファイナンスの在り方をまとめたものが基本方針となっています。

この基本方針によれば、トランジションファイナンスは次の図表2のように整理されています。

図表2 トランジション・ファイナンスの概念

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出所:クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針https://www.meti.go.jp/press/2021/05/20210507001/20210507001-1.pdf

図表2によれば、トランジション・ファイナンスは、大きく分けると資金使途を特定したものと特定していないものにわけられています。ですがそれよりも大事なのは、次で述べる「トランジションの4要素」です。このトランジションの4要素を満たしていれば、資金使途が特定されていようがされていまいが、トランジションファイナンスに該当する可能性が出てきます。

他方、トランジションの4要素を満たしていなければ、仮に第1回で解説を行ったグリーンボンドの定義を満たすような、環境に資金使途を特定した調達でも、トランジション・ファイナンスには該当しないことになります。

トランジションの4要素とは

では「トランジションの4要素」とは何でしょうか。具体的には以下の4つです。

要素1:資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス

要素2:ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ

要素3:科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)

要素4:実施の透明性

それぞれ個別に見ていきましょう。

要素1:資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス

この要素1においては、トランジション・ファイナンスを活用した資金は、「トランジション戦略の実現または実現への動機付けを目的とすべき」となっています。そのためには、当然、トランジション戦略が必要ですし、このトランジション戦略は、パリ協定の目標に整合した長期目標、短中期目標、脱炭素化に向けた開示、戦略的な計画を組み込むべきものとされてます。

つまり、パリ協定と整合した脱炭素社会に向けたトランジションの戦略をまずは企業が持つべきであり、その上でこのトランジション戦略の実現もしくは実現の動機づけのためにトランジション・ファイナンスは使われるということが、要素1で求められていることになります。言い換えるとトランジション戦略が先にあり、その後にトランジション・ファイナンスがついてくるという順番ということです。

これは、通常のファイナンスでも同様です。先にファイナンスがあるのではなく、事業が先にあって、それに対応する形でファイナンスがついてくるというものです。そのため、「トランジション・ファイナンスがあれば、資金調達ができるので、調達した資金を使って何かしらの脱炭素に向け得た取り組みをしよう」という順番では駄目だということです。

要素2:ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ

次に要素2の「ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ」についてです。これは要素1におけるトランジション戦略の実現において、対象となる取り組みは、現在及び将来において環境面で重要となる中核的な事業活動の変革に資する取り組みであるべきとなっています。この要素2で出てくるマテリアリティとは、日本語では重要課題と訳されます。現在多くの企業は、マテリアリティ・マップやマテリアリティ・マトリックスといったものをホームページや、統合報告書(別名サステナビリティレポート、アニュアルレポート等)で開示をしています。

例えば、資生堂では、横軸に自社にとってのマテリアリティ(重要課題/重要性)を、縦軸にはすべてのステークホルダーにとってのマテリアリティ(重要課題/重要性)をとって、マトリックスで表現しています。

図表3 資生堂のマテリアリティ・マトリックス

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出所:資生堂ホームページhttps://corp.shiseido.com/jp/sustainability/commitment/

図表3を見ても分かる通り、資生堂においても気候変動を始めとした環境に関する重要課題は、高いところに位置しています。トランジション・ファイナンスの要素2では、このように企業のビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティに関わるものをトランジション戦略の中核的な取り組みに位置するよう定めています。

要素3:科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)

要素3では、トランジション戦略は科学的根拠のある目標に基づくべきとしています。そして、その目標は2050年の長期目標だけでなく、中短期目標等の中間目標をふくみ、長期間、一貫性のある測定方法法で定量的に測定可能であるべきとなっています。

科学的根拠のある目標というのはやや抽象的ですが、具体的にはパリ協定の目標の実現に必要な温室効果ガスの削減目標のことになっています。

要素4:実施の透明性

最後の要素4は「実施の透明性」です。これは、資金の調達者は、トランジション戦略を実行するにあたり、基本的な投資計画について可能な範囲で透明性を確保すべきというものです。さらに投資契約により、想定される気候関連等の成果(アウトカム)とインパクトについても、可能な場合には定量的な指標が用いられることが望ましいこととされています。

これら4要素を満たした上で、①資金使途を特定したボンドやローン、②トランジション戦略に沿った目標設定を行い、その達成に応じて借入条件等変動する資金使途不特定のボンドやローン、そして③既存のグリーンボンド原則、グリーンボンドガイドラインに沿ったものがトランジション・ファイナンスとなります。

図表2 トランジション・ファイナンスの概念(再掲)

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戦略があってのファイナンス

私はこれまで、実務を通じて証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資、コーポレート・ファイナンス、スタートアップファイナンス等と幸いにも多くの種類のファイナンス業務に携わってきました。その上で、ファイナンスの真髄を一言でいうと、「どれだけ未来に向けた資金使途が明確か」ということにつきます。資金使途が明確で意義があればあるほど、ファイナンスはつきやすくなります。

反対に、「特段理由はないけど、お金を調達したい」というのでは、まずファイナンスはつきません。すなわち、資金使途とファイナンスは表裏一体の存在なのです。実際、プロジェクトファイナンスでは、Uses & Sourcesという、バランシートのように右側にUses(資金使途)を、左側にSources(ファイナンスの調達源泉)を並べ、両者の金額がバランスするような図表を作成します。

我々の生活でいうと、住宅ローンや自動車ローンがイメージがつきやすいでしょう。住宅ローンや自動車ローンは、買う家や自動車が決まってからはじめて、ローンを借りることができます。買う家や自動車が決まっていない状況で、ローンを借りられることはまずありません。

トランジション・ファイナンスも同様です。脱炭素社会の実現に向けたトラジンション戦略が明確に描けてはじめて、トランジション・ファイナンスを活用できるようになるのです。すなわち、トランジション・ファイナンスで最も重要なことは、トランジション戦略の作成であり、この戦略の実行にあたって大きな役割を果たすのが金融機関や投資家によるトランジション・ファイナンスの供給であると考えられます。

これからトランジション・ファイナンスが普及していくとしたら、同時に多くの企業のトランジション戦略が明確になっているはずです。このことはひいては、各企業が脱炭素社会に向けての戦略が明確であり、グローバルなマクロとしてパリ協定実現のための道筋が描けているという状態です。

今後トランジション・ファイナンスをニュースや新聞で見かけるようになった頃には、企業のトランジション戦略も明らかになっているはずです。人類が直面している気候変動の課題に対して、各企業がどのようなトランジション戦略を描き、いかにしてトランジション・ファイナンスを活用していくのかを是非注目をしてみてください。

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