インプロと心理的安全性(前編)
インプロと心理的安全性(前編)

インプロと心理的安全性(前編)

心理的安全性とインプロ

 

 インプロや即興のおかげでこれまでいろいろな考え方や理論や哲学に触れてくることができました。そのなかでも最近、よく耳にするようになったのが「心理的安全性(psychological safety)」という言葉です。「心理的安全性」と聞いていつも思い出す記事があります。立教大学の中原淳先生のブログです。

 記事の中でも紹介されているように、心理的安全性とは「このチームの中では対人関係上のリスクをとっても大丈夫だ、とメンバー間で共有されていること」(Edmondson (1999) Administrative Science Quarterly. 44(2))を指します。そのため、その言葉から想起されるようなメンバーが仲良くしている「優しい関係」というよりもむしろ、メンバーにリスクを取り挑戦することを促す概念と言えます。

 この「心理的安全性」概念をインプロを通じて学ぶことができるのではないかという研究や実践が増えてきています。試しにGoogle Scholarで「improvisation theatre psychological safety」で検索してみると、なんと17,500件ヒットします。思ったより多い!そのため、心理的安全性とインプロを引き合わせる何かがあるのだろうなと感じ取ってしまいます。それは何なのか、いい機会ですので考えてみたいと思います。

 今回はそうした心理的安全性とインプロの関りについて考えていこうと思います。

インプロとは何か

 まずはそもそもインプロって何?ってところから書いていこうと思います。インプロとは主に即興演劇のことを指しています。台本もない、配役も決まってない、ストーリーも決まってない、誰と誰が愛し合うのか、憎しみ合うのか分からない中で、短ければ数十秒、長ければ2時間程度のパフォーマンスをする演劇です。特に私はイギリスのキース・ジョンストンという人がしていたスタイルのインプロを学んできたので、この先のインプロの話は主にキース・ジョンストンのインプロ理論を土台にしています(※1)。

※1 もちろん即興演劇の実践はこれに限らず実は数多くの蓄積があります。ジョンストンと並び「インプロの母」と称されるヴァイオラ・スポーリンという人もいます。さらに拡げれば、演劇において即興性を重視した先人たちはダリオ・フォー、ジャック・ルコック、アウグスト・ボアール、ベルトルト・ブレヒト、コンスタンチン・スタニスラフスキー、ヤコブ・モレノなどなど数多く存在します。

 キース・ジョンストンのインプロは1994年頃に日本にやってきたそうですので、おおよそ日本のインプロと私は同い年ということになります。その間に先輩方がインプロを演劇に限らず教育分野に幅広く応用させ、発展をさせてきました。その恩恵を受けて私は今こうして人材育成の分野でインプロの記事を執筆することができているわけです。ありがたいことです。

 インプロは即興で演劇を作っていくので、リスクを取ることをとても大切にしています。メンバーが積極的に自分のアイデアを舞台で表現してくれるので、ほかの人はそれを使って物語を展開することができます。リスクを取ることができないと即興で、しかも協働して演劇を作っていくことは難しくなります。なぜなら演劇とは「A changes B」(AがBを変えること)、すなわち、人が変わることを描くからです。主人公は自然災害や天変地異、あるいは犯罪や魔法などリスキーな出来事に巻き込まれてどんどん変わっていかなくてはなりません。そのため、インプロにおいても「このチームの中では対人関係上のリスクをとっても大丈夫だ、とメンバー間で共有されていること」はとても重要なことと言えるかもしれません。

 ひとまずインプロの紹介は一旦ここまでにして、心理的安全性についての紹介に移りましょう。

心理的安全性とは何か

 次に心理的安全性についてです。ちなみに私は心理的安全性について専門的に学んでいるわけではありません。そのため、以下に記すことは先にも引きました、ハーバード大学のエドモンドソンさんや、日本において心理的安全性の研究と実践を行っている石井遼介さんの著作等を参考に書いていきます。

 心理的安全性という概念は結構古い概念なようで、その重要性はSchein & Bennis(1965)やKahn(1990)によって組織の創造的変革などの文脈で指摘されていました。そして1999年にエドモンドソンさんが「学習する組織」の構築の際に必要だと言ってからさらに注目を集めるようになったというストーリーラインがあるようです。もう一つ、ブームの火付け役になったのがGoogleの「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」と名付けられた社内調査プロジェクトでしょう。この調査によって、導かれた「チーム生産性向上の5つの柱」の1つとして心理的安全性が指摘されたことで、生産性向上の文脈と結びつき、より実務的な概念としての注目を集めるようになったのかもしれません。

 さて、心理的安全性とは「このチームの中では対人関係上のリスクをとっても大丈夫だ、とメンバー間で共有されていること」で、メンバーに対して積極的なリスクテイキングが要請される概念でありました。そのため、心理的安全性のあるチームでは上下関係・親密関係問わず喧々諤々とした議論や実践がなされることでしょう。

 こう言われてみれば当たり前なことのように思えてきますが、実際、私たちは実務の現場でこうした関係性で仕事を進めることが難しいと感じてしまいます。それはなぜでしょうか?それはどうやら、能力不足というよりも、恐怖や不安が起因していると考えているようなのです。

 組織の中で人は「4つの不安」を感じます。それが心理的安全性を低めてしまっているようなのです。具体的には「無知だと思われる不安」・「無能だと思われる不安」・「邪魔だと思われる不安」・「ネガティブだと思われる不安」の4つです。その言葉の通り、人は組織の中で「こいつは何も知らないなと思われるんじゃないか」、「こいつは何もできないなと思われるんじゃないか」、「こいつは人の仕事の邪魔ばかりするなと思われるんじゃないか」とか「こいつは批判的なことばかり言うなと思われるんじゃないか」とかとか様々な不安にさいなまれています。こうした不安があると、「対人関係上のリスクを取る」ことが困難なのはうなづけます。だから、こうした不安を軽減させることが先決で、それによって組織の学習が進み、その結果として心理的安全性はついてくるものなのです。

インプロと心理的安全性のフィット感はどこからくるのか

 ここまでインプロと心理的安全性を個別に見ていったわけですが、冒頭に述べたようにどうやらこの両者がつながるんじゃないかという直観が多くの人に訪れているようなのです。そして、私もその直観に共感する一人です。それは単に共通点があるというよりもなんだか肌触りが似ているなと感じます。では、具体的にどのようにつながるのか、私の意見も多分に含みながら考えてみようと思います。

 ではインプロと心理的安全性の最大の共通項は何かというと、それは、「怖いとか不安なのはよくない」ってことだと思います。心理的安全性が4つの不安によって阻害されてしまうという図式をもっていることは先ほどご紹介した通りですが、実はこの図式はそのままインプロにも当てはまります。

 インプロでは、インプロをすることにおける創造性を養う必要はないという考えを持っています。問題なのは即興的にアイデアを思いつく能力がないことではなく、即興的にアイデアを思いつかないようにさせる能力があることだと考えるからです。この能力のことをインプロでは検閲と呼びますが、この検閲のモチベーションには不安や恐怖があると考えるのです。だからこそ、インプロをするためのスキルを習得するのではなく、インプロを難しくしている恐怖や不安を軽減させることで、持っていた即興する能力を遺憾なく発揮することを目指します。

 その視点でもう一度心理的安全性を眺めるとどうでしょうか。心理的安全性は、「このチームの中では対人関係上のリスクをとっても大丈夫だ、とメンバー間で共有されていること」でした、でもそれは「4つの不安」によって難しくなっています。そのため、こうした不安を生まないように、もしすでに存在しているのであれば軽減するように組織を作る/作り直す必要があります。

 この図式と、インプロをする能力が、恐怖に起因する検閲によって難しくなっていることと似通っていると思います。どちらも、目的となる状態を達成するために、新たな能力を身につけようとするよりもむしろすでに存在している障害を取り除こうとする態度があります。私にとって心理的安全性とインプロはこうした点においてフィットする感じがあります。

 インプロの視点から心理的安全性を眺めると、「まだ学習していないスキルを身につける」というよりも「すでに身につけてしまっているスキルを手放す」ことを重視している点で接点を持つのではないかと思うのです。このように恐怖を軽減する方法においてインプロは多くの知識を持っています。心理的安全性の蓄積の中でどのような議論がなされているのかを追いきれてはいませんが、次回はもう少しインプロに重心を乗せて、インプロにおいてどのように恐怖を軽減しているのか、そしてそれを組織内でどのように実践するのかについて書いていけたらと思います!

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