即興するなんて嫌なことだ(後編)
即興するなんて嫌なことだ(後編)

即興するなんて嫌なことだ(後編)

怖がらせてはいけない、苦しませていけない

前回までは、即興することが嫌なことになるまでの道すじを大ざっぱですが記述してきました。本稿では、じゃあ即興を困難にするという検閲をどう黙っておいていただくかという点について、またもやキース・ジョンストンを参考にしながら書いていこうと思います。

検閲はぼくの言葉で言えば「即興する能力を押さえつける能力」でした、ということは単純にその能力を発揮しなければ、即興する能力の方が出てくるわけです。

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この図式は脳科学的にも説得力がある研究も出ていますので、詳しくはこちらの記事にまとめましたのでご覧ください。

では、どうするか。

一番大切で一番むずかしいなと思うことを中心にお話します。それは、「怖がらせてはいけない、苦しませていけないよ」ということです。

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エドガー・シャインさんというアメリカの心理学者が言うには、人を教育するには2つの方向性があるといいます。1つは学習不安を減らすこと。そもそも人は学ぶことにビビるという側面があることを想定して、「学んでもええんやで」という許しを得ることで安心して学びに向かうのです。もう1つは生存不安を増やすことです。つまり、「学ばないとヤバいで」というメッセージを与えることで、(社会的にも、場合によっては生命的にも)生きていけないのではないかと感じさせることで学びへと向かうのです。

この「学習不安を減らす」か「生存不安を増やす」かというフレームで捉えたときに、インプロでは「学習不安を減らす」方向へ舵を切ります。なぜなら「生存不安を増やす」ことで得られるモチベーションはその名の通り不安であり恐怖であるためです。

即興を阻む4つの表現

なぜこんなに不安や恐怖を警戒するのかと言えば、循環しますが、検閲が強まるからです。もう少し掘り下げてなぜ検閲が強まるとアカンのかというと、検閲が生む表現は(私の言葉で分類すれば)「競争」「否定」「不寛容」「排他」の表現だからです。これからの表現は即興で物語を語るには少々問題が多いのです。それぞれどんなものなのかというと以下に記しました。

「競争」・・・他の誰よりも自分のアイデアを優先させたい

「否定」・・・(自分のものであっても)わずらわしいアイデアはダメ

「不寛容」・・失敗や空気が読めないのは(自分であっても)認められない

「排他」・・・いい感じの人やアイデアしか輪の中にいれない

もちろんこれらの要素がまじりあって表現されることもあるので注意が必要です。不安や恐怖ドリブンで発揮される創造性はあまりにクリエイティブなので、周りはおろか本人もその術策にはまり込んでいることが認識できないことが世の常です。

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あえて、やっちゃいけないことをして遊んだらいいじゃない

では、こうした不安や恐怖ドリブンによる検閲を軽減させていくためにどのような戦略をとればよいかですが、ぼくが注目したいのは Contrariness という方法的態度です。これは「へそ曲がり」、「天邪鬼」といった意味の言葉ですが、ぼくは「逆張り」と呼んでいます。つまり、こうしなさいと言われてることとは反対のことをやればいいじゃんという戦略です。これは、さらにものすごく簡単に言ってしまえば「やっちゃいけないことをして遊んだらいいじゃない」という意味です。

上記の「競争」、「否定」、「不寛容」、「排他」の表現はやってはいけないことなんですけど、それをあえてやってみる、それで遊んでみることで、「あぁやっぱりうまくいかないんだな」ということを身体で感じてもらうのです。そうすると、無意識的にやってしまった時に、「あ、これ「不寛容」じゃん」と自分で気づけるようになる。そうすれば自分で軌道修正したり、コントロールしたりが可能になっていきます。

そうした態度をもって、インプロではやっちゃいけないことで遊ぶゲームがたくさんあります。例えば「相手のアイデアを受け入れないゲーム」とか、「失敗をするゲーム」とか、「仲間外れゲーム」とかとかです。

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余談ですが、キース・ジョンストンという人は作家志望ではありましたが、ひょんなことから演劇のクラスを持たなくてはならなくなり、ひとまず「学校の先生から”やめなさい”と言われたことリスト」をそのクラスのカリキュラムとして設定してクラスを運営しはじめました。それが後々インプロとして形作られていくんです。そのリストの一番上の項目は「変顔をする」だったそうです。なのでインプロが作った数々のゲームはこうした基盤があるということをぼくは大切にしています。

さぁ、結局何をすればいいのかわからないままですね。お察しの通りで、ぼくが好きなインプロは少々わかりにくい側面があります。それはまるで禅問答のように、ぼくらの前に現れ、ぼくらを当惑させ、煙にまくような印象を与えます。仏教思想の中には、仏教思想それ自体への執着も捨てるような教えが含まれています。実はインプロも仏教思想からの影響もうけており、自由になるための妨げになるのであればインプロそれ自体への執着も捨てても構わないという似たような態度を感じます。

それくらい、自由に、即興的になるのはむずかしいってことですね。あぁ難しい。

【参考文献】

Edogar H. Schein「学習の心理学―不安感が学ぶ意欲を駆り立てる」Diamond Harvard Business Review, March 2003, 48-59.

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