トヨタはなぜサステナビリティボンドを通じた調達を行うのか(後編)
トヨタはなぜサステナビリティボンドを通じた調達を行うのか(後編)

トヨタはなぜサステナビリティボンドを通じた調達を行うのか(後編)

前回は、トヨタが発行したウーブンプラネット債の仕組みと資金使途について説明しました。

今回はその後編として、ESG投資とSDGs債の違いや、ESG投資関連に取り組む意義について解説を行います。

SDGs債とESG投資

前編を読まれた方は「SDGs債とちまたでよく聞くESG投資とはなにか違うのか」と思われるかもしれません。SDGs債も広義にはESG投資の一種ですが、「SDGs債は債券」という大きな特徴があります。

加えて、ESG投資とSDGs債では、根拠とする原則も違っています。ESG投資はもともとは2006年に制定された責任投資原則(Principles for Responsible Investment、以下「PRI」)を発端としています。このPRIは、機関投資家が投資を行う際に、環境(Environment)、社会(Social)、そして企業統治(Governance)の3つの要素を投資対象の決定に取り組むことを要求しています。

具体的には以下の6つの原則から構成されます。

  1. 私たちは、投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込みます(ESGインコーポレーション)。
  2. 私たちは、活動的な所有者になり、所有方針と所有慣習にESGを組み込みます(アクティブ・オーナーシップ)。
  3. 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
  4. 私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけをします。
  5. 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
  6. 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。

このPRIにおける原則1の「ESGインコーポレーション」(*5)と原則2の「アクティブ・オーナーシップ」(*6)の両方を満たす投資アセットは、基本的には株式になります。しかしながら、現在ESG投資の考え方は、株式だけでなく、債券、不動産投資、プライベート・エクイティ、オルタナティブ投資などへの広がりまで見せています。そのため、以下本稿では、ESG投資とは、PRIにおけるESGインコーポレーションを満たす投資とします(*7)。

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他方、SDGs債を構成するグリーンボンド、ソーシャルボンド、そしてサステナビリティボンドは、これまで説明してきたように国際資本市場協会(ICMA)における各種原則やガイドラインに則って発行される「債券」です。加えて、ESG投資は、機関投資家による企業への投資をする際のプロセスという側面が強いですが、SDGs債の場合は、企業が資金を調達するために利用をするという企業側の合理性が先にきます。

なお、SDGs債という名前自体は、日本証券業協会が名付けたもので、呼び名自体は必ずしもグローバルスタンダードではないものの、機関投資家がこのSDGs債に投資をする際、ESGインコーポレーションの条件を多くの場合満たすため、ESG投資に含まれることになります。

ESG投資における元々の主流であった株式とSDGs債において使われる債券の違いについては、バランスシートをイメージすると理解がしやすいです。

株式は企業にとってバランスシートにおける純資産(≒自己資本)に関する調達を意味します。また、投資家からすると株式投資をすることで議決権や配当請求権があるという特徴があります。PRIの原則2のアクティブ・オーナーシップはまさに投資家が議決権の行使を通じて、企業の行動に影響を与えることにほかなりません。また、投資家は株式に投資をすることで、インカムゲインやキャピタルゲインを通じて大きく儲かるときもあれば、投資金額を回収できず損失を被ることもあります。

一方で、債券は、企業からすればバランスシートにおける負債の調達となります。投資家からすれば、金利と元本が確定している投資となり、トータルで受け取れる金額は予め決まっているという特徴があります。すなわち株式での投資とは違い、債券ではアップサイドは基本的にはないのです。個人に当てはめると、債券は定期預金のような性質を持っているとも言えます。

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また市場規模としても、意外かもしれませんが、債券市場のほうが株式市場よりも大きいです。実際、株式市場は2020年で約1京319兆円(*8)ですが、債券市場は2020年で約1京3470兆円と、株式市場の1.3倍以上あります(*9)。

ただ、ここ最近の株価の上昇に伴う株式市場の拡大によって、株式市場の大きさが債券市場に迫りつつあるという事情もあります。というのも、債券は元本が決まっていて元本以上に増えることはないですが、株式は株価が上がれば元本も青天井に上がることになるからです。

この点、コロナ禍において日経平均やS&P500は一番低いときから、直近では1.8倍近くになっているというように、マーケット環境が変化していることで株式の市場規模は拡大してきているという点には留意が必要です。

なお、2020年のESG関連の投融資は、7362億ドル(約76兆1900億円)でした。そのうち、債券が7割強を占める5455億6,000万ドル(約56兆4600億円)となっています(*10)。

このように直近のESG関連の投融資の中でも債券の割合は大きいのです。さらに債券の規模は昨年の2.1倍と株式の昨年の1.64倍よりも大きく成長をしています。

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サステナビリティボンドで調達するメリットはあるのか

前編で見てきたように企業がサステナビリティボンドで資金を調達するにあたっては、適格基準を満たす必要がありますし、資金使途も限定されます。そう考えると、企業にとっては制約が多いサステナビリティボンドでなぜトヨタは調達をするのでしょうか。また、資金使途が限定される運用は投資家にとってはメリットがあるのでしょうか。 発行体であるトヨタにとってのメリットとしては、サステナビリティボンドやそれに準ずる形でウーブンプラネット債を発行することで、ウーブンプラネットに関心のある投資家から資金を集められるとともに、これらの投資家とのリレーションの構築にも資することがあげられます。 実際、前編でも書いたように、ウーブンプラネット債の目的を「トヨタのウーブンプラネットの取り組みの理解を世界中の多くの方にしてもらう」ということを考えればサステナビリティボンドで調達することは非常に意味があると言えます。

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かたやサステナビリティボンドに投資をすることは投資家にとっても、分散投資といった点で魅力的になります。一般的に投資家は様々な投資先に投資をすることで、投資のリターンとリスクを管理することになります。このことはポートフォリオ理論における分散投資として有名です。換言すると、投資家にとってはサステナビリティボンドに投資をすることで、ポートフォリオの観点からもリスクとリターンの管理において、十分魅力的になりえるのです。

もちろん、ウーブンブラネットは債券であり、株式ではないので、儲けの点で投資家にとってアップサイドはありません。ですが、ポートフォリオでサステナビリティボンドに投資をするといった点では、分散投資の点でもやはり効果的だと考えられます。 加えて、サステナビリティボンドに投資すること自体も、投資家の投資スタンスを示すという意味で市場に対してシグナリング効果もあるといえます。

ESG関連の取り組みは経済的利益に貢献をするのか

さらに、サステナビリティボンドの適格基準を満たすプロジェクトに支出するといったこと自体、トヨタにとっては、社会的リターンはもちろんのこと、経済的リターンも一層見込める可能性があります。

なぜSDGsに関連するような取り組みに支出することで一層の経済的リターンが見込めるのでしょうか。この点を理解するためには、横軸に環境・社会への影響を考慮することで、利益が減るかそれとも増えるのか、縦軸に環境・社会への影響考慮に賛成か反対かで経済認識を4つの象限に分けて考えることが有効です。

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出所:夫馬賢治(2020)『ESG思考』講談社新書を参考にして作成

この分け方に従えば、従来企業は環境や社会への影響を考慮すると利益が減るから、環境や社会への影響を考慮すべきでないと考えていました。これが左下の④オールド資本主義の考え方です。実際、仮に環境に悪くても、効率的だから石炭火力で電力を発電するという選択は企業でも過去行われてきました。

次に、利益が減ったとしても環境や社会への影響を考慮した上で経済活動をするべきというのが、左上の象限の③脱資本主義の考え方です。里山資本主義などが代表例としてあげられています。

そんな中、右上の象限①ニュー資本主義は、環境・社会への影響を考慮すると利益が増えるという立場です。事実、いわゆるSDGs債への投資を含むESG投資は世界中で増えています。これらは持続可能性や利益が増えるという前提がある程度なければこれほどに増えることはないといえます。実際のところ、上述したPRIも「環境、社会、ガバナンスの課題を有効にマネジメントすれば、株主価値の上昇に寄与する」という前提で作られています。

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また、Fiede,Gunnar et al.(2015)によるESG投資に関する過去2,000を超える実証分析のメタアナリシスによると、EGS投資は、企業の経済的パフォーマンスに90%以上はマイナスの影響を及ぼさないとし、大半の研究ではむしろポジティブな影響があることを指摘しています。加えて、長期的な観点でESG投資は安定的に企業の経済的パフォーマンスにプラスの影響を与えることも示唆しています(*11)。

このように過去のファイナンスの実証分析をまとめた結果においても、環境や社会への影響を考慮することで、企業の経済的パフォーマンスが上がることが示されているのです。

つまり、企業にとってSDGsやESGの文脈で事業に取り組むことは、環境や社会にとっても望ましいことに加えて、経済性の観点でもポジティブになる可能性があるといえます。

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ウーブンプラネット債は日本におけるSDGs債の呼び水となるか

今回はトヨタによるウーブンプラネット債の発行を題材に、サステナビリティボンド、SDGs債、ESG投資等について考察を行ってきました。これらの市場は世界レベルで伸びてきているとはいえ、日本では一部の専門家やプロの間以外では、まだそこまで大きく注目されているわけではありません。そのような中、日本の時価総額ランキング1位のトヨタが、ウーブン・プラネット・グループを通じて行うSDGs的な取り組みを、SDGs債を含めて調達をするというのは市場にとって大きなインパクトがあるものだと考えられます。

また金額も5,000億円という大きなもので、うち個人投資家向けが1000億円ということも個人投資家含め多くの投資家にとって存在感のある調達だといえます。

トヨタが今後もこういった資金調達の取り組みを継続的に続けるのか、そして、他の日本企業もトヨタに続きこのような動きをより加速していくのか、まさにこのウーブンプラネットの取り組みはこれらの試金石になります。ウーブンプラネットの事業としての取り組み、そしてこの取組における資金調達の進展についても引き続き要注目です。

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(注)

*5 主にネガティブ/ポジティブスクリーニング、国際規範に基づくスクリーニング、サステナビリティ・テーマ投資、ESG課題のインテグレーションの4つから構成される。

*6 主にエンゲージメントと議決権行使の2つから構成される。

*7 PRIによる分類以外にも、GSIAによるサステナブル投資に関する7つの分類も存在する。日本においては、ESG投資とGSIAによるサステナブル投資は同じように扱われる場合がある。

*8 世界の株式時価総額は1京円超!再編間近の日本市場の行方は?https://news.yahoo.co.jp/articles/b13a7c3addc8b05d2c99ca9c65bd0a9cde4a5375

*9 ICMA Global Bond Market https://www.icmagroup.org/Regulatory-Policy-and-Market-Practice/Secondary-Markets/bond-market-size/ *10 世界のESG投融資7362億ドル 脱炭素へ資金調達加速世界のESG投融資7362億ドル 脱炭素へ資金調達加速 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD23613023122020000000/

*11 Gunnar Friedea, Timo Buschb and Alexander Bassenb (2015) “ESG and financial performance: aggregated evidence from more than 2000 empirical studies” Journal of Sustainable Finance & Investment

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