「タンポポの原則」とは? 先駆企業に学ぶ「ニューロダイバーシティ・マネジメント」の新たな哲学
「タンポポの原則」とは? 先駆企業に学ぶ「ニューロダイバーシティ・マネジメント」の新たな哲学

「タンポポの原則」とは? 先駆企業に学ぶ「ニューロダイバーシティ・マネジメント」の新たな哲学

ライター
公開日
Dec 30, 2021

「ニューロダイバーシティ」とは、いわゆる「発達障がい」にみられる特徴を「障害」ではなく、多様性のひとつだと捉える考え方である。脳や神経の多様性を認め、尊重する立場だ。*1:No.14-15

ニューロダイバ―スな人々は高い潜在能力を秘めていても、それを発揮することが難しい状況にある。周囲の理解が得られにくく、場合によっては社会参加のハードルが高い。

しかし、現在は、欧米の大手IT企業を中心に、こうした人々を貴重なダイバ―シティ人材としてビジネスの現場に迎え入れる動きが広がりつつあり、際立った成果を上げている。

では、ニューロダイバ―シティ・マネジメントはどうあるべきなのだろうか。

先駆的企業の取り組みから見えてくるのは、彼らを「豊かな個性を持つ資産そのもの」と捉える、新たなマネジメント哲学である。

ニューロダイバ―スな人々と社会の受容

いわゆる発達障がいは、マジョリティの「定型発達」に対して、「非定型発達」と呼ばれている。ニューロダイバ―スな人々とは、生まれつき脳の働き方が定型発達者と異なり、幼児のうちから行動面や情緒面に特徴がある人々を指す。*2

非定型発達の種類

非定型発達には以下のように自閉症やADHD(注意欠如・多動症)など様々なものがある。*3

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図1   代表的な非定型発達 出典:厚生労働省「発達障害の理解のために」 https://www.mhlw.go.jp/seisaku/17.html

非定型発達は種類によって図1のように特有の特徴があるが、種類が同じであっても図1以外の特徴を持つ人もいるし、1人がこれらの特徴をすべて備えているとも限らない。

また、人によっていくつかの種類にまたがっていることもあるし、程度も違うため、これらの特性だけをみて非定型発達の有無や種類を断定するのは難しい。

そう考えると、ニューロダイバ―スな人々の中にもその周辺にも多様な人々がいると捉えるのは、ごく自然なことのように思える。

社会の受容

では、ニューロダイバ―スな人々に対する社会の受容はどうだろう。

2019年に日本在住の10~60代を対象に行われた調査によると、86.8%の人が多様性に富んだ社会の重要性を感じている一方で、73.4%の人が社会的マイノリティに対して自分の中にある「心の壁」を何らかの形で意識した経験があると回答している。*4:p.3、p.4

そして、「心の壁」が向かった対象として一番多かったのが「精神障害、発達障害、知的障害のある人」で、62.2%に上っていた(図2)。

このことから、社会の受容が進んでいるとはいい難い状況が窺える。

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図2  「心の壁を意識した」対象 日本財団(2019)「『ダイバーシティ&インクルージョン』に関する意識調査」p.4 https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/08/new_pr_20190823_01.pdf

ここで、筆者自身の話をすることをお許しいただきたい。

筆者は軽いADHDで、これまで多くの失敗やトラブルを引き起こしてきた。

こんなことがあった。

大学生の頃の話である。ある晩、友だちと長電話をしていた。

そのうちに、どこからともなく、「ポン、ポン、ポン」というリズミカルな音が聞こえてきた。

「近所でドラム始めた人がいるみたい。アフリカ系かも」

「ふーん」

だが、そのうち、心なしかドラムを叩くペースが速くなってきた。

「なんか、ドラマーがすごくアツくなってきた」

「へー」

それから、数分後。

もはやドラムは恐ろしいくらいの速さで連打されている。

「なんか、ちょっと変・・・、あれっ?」

目の前が急に霞んできた。

霧?

だが、ここは東京のど真ん中のマンション。まさか、そんなはずはない。

一体、何が起こっているのだ?

霧は既に辺り一面に立ち込めている。

目の前がまっ白で、何も見えない。

非常事態だ! 慌てて電話を切る。

猛烈な勢いで鳴り響くドラム。

一体、どうしたのだ、何が起こっているのだ?

手探りで音のする方に向かっていくと・・・。

何が起こっていたのか、勘のいい読者ならおわかりかもしれない。

風呂桶の湯が沸騰し、その水蒸気がドアの隙間から漏れ出てきているのだった。

「ポンポンポン」はドラムではなく、煮えたぎる湯の音。

しまった! すっかり忘れていた。

当時は今とは違い、風呂桶に水をはりガスで湯を沸かすタイプが主流。

もう少し放置していたら、事故にもなりかねない事態だった。

誰にでも不注意はあるだろうが、問題なのは、同じようなミスを性懲りもなく繰り返すことだ。

中学入学の翌日、クラス全員分のミルクが入った巨大な容器をなぎ倒し、教室をミルクの海にした。

間違えて人さまの靴を1週間履き続けたこともある。

買ったばかりの商品を店に置いてきてしまうことなどしょっちゅうだ。

いい加減にしろ、と言われても仕方ない。ふざけているわけでは決してないのだが、いつまでたっても不注意な行動が改善されることはなく、周囲に迷惑をかけ続けることになる。

自分がADHDだということも、ニューロダイバ―シティというコンセプトも知らなかった頃は、何かしでかす度に、どうして私はこんなにダメ人間なのだろうと自分を責め、落ち込んでいた。

こうしたストレスからうつ病などの「合併症」を引き起こすケースもあるという。*5:p.7

ただ、一方で、筆者のようなタイプのADHDには、過度に集中するという特徴もある。

何かをやり始めたら、最後まで一気にやってしまいたい。好きなことには夢中になってのめりこむ。集中しているときは、周りがどんなに騒がしくても気にならない。

こうした特性が仕事や研究に役立つという側面もあるように思う。

先に筆者は「軽い」ADHDだと書いたが、それは以前、あるセミナーを受けたときに実感したことだ。講師はADHD研究の権威であるアメリカの研究者だった。

質問タイムでは、ADHDであるご本人やご家族が次々に発言した。その多くが、学校や会社などに馴染めず、そこで様々なトラブルに見舞われ、自己実現が非常に難しいことを、時に涙を交えながら切々と訴えていた。「一体、どうしたらいいのでしょう?」と。

その様子をみて、ニューロダイバ―スな人々の中には、周囲に理解されないばかりか、社会参加に困難を伴う人々がいるという事実に改めて気づかされた。

16歳から65歳までの生産年齢の人々を対象にした調査では、診断をうけた人に限っても、日本にはASD(自閉症スペクトラム)が約64万人、ADHDが75万人いると推計されている。*5:p.22

しかも、ADHDと診断されている人の約2.5倍の潜在的ADHDがいる可能性もあるという。*5:p.30

インクルーシブな働き方を考える上で無視できないデータではないだろうか。

「タンポポの原則」と新たなマネジメント哲学

ニューロダイバ―シティ・マネジメントを語る上で欠かせないのが「タンポポの原則」であ

る。

「タンポポの原則」とは

それは、こんな問いを投げかける。*6

タンポポは厄介な雑草なのだろうか。

それとも優れた特徴をもつ有益なハーブなのだろうか。

その答は、タンポポが置かれた環境と人々の理解の仕方によって異なる。

手入れの行き届いた芝生にあれば、ギザギザの葉と黄色い花は美しい芝生を台無しにしかねない厄介な雑草だ。

しかし、均一性を必要としない状況では、美しく、栄養価に富んだハーブとして、その優れた潜在的な特性を発揮することができるだろう。

それと同じように、会社がその特徴や能力に合わせた環境をデザインすれば、標準的な職場に置かれ標準的な業務に適合できなかった人々も、その真価を発揮することができる。

これが「タンポポの原則」である。

それは、これまでとは異なる人材マネジメントの考え方だ(表1)。

表1  従来の人材マネジメントと「タンポポの原則」

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NRI 野村総合研究所(2021)「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト」p.51 https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/report/cc/mediaforum/2021/forum308.pdf

表1のように、「タンポポの原則」は個人起点である。1人ひとり異なる個人のありのままの在りようを認め、その潜在的な能力を引き出し発揮させるために、個々人にあった環境をデザインするのだ。

スペシャリステルネの取り組み

「タンポポの原則」を掲げたのは、デンマークのスぺシャリステルネの創業者、トーキン・ソンネ氏である。*7:p.76

ソンネ氏は自身の子どもが自閉症診断を受けたのをきっかけに、2004年に利潤追求型企業、スペシャリステルネを設立した。

主力事業はソフトウエア試験で、自閉症者を積極的に雇用し、その特性を生かした高いサービスを提供することで事業に成功している。

同社は、ニューロダイバ―スな人材を正しく評価し、彼らが十分に力を発揮するための方法を考案し、改良を進めてきた。

2008年にはスペシャリステルネ財団を設立し、同社が培ってきたノウハウを導入するように他社に働きかけている。

目標は世界で100万人の雇用を創出すること。そのために現在10か国以上で事業展開し、SAP、HPE(ヒューレット・パッカード エンタープライズ)、マイクロソフト、P&Gなどニューロダイバ―シティプログラムを推進する多くの企業を支援している。*7:p.72

ニューロダイバ―シティ・マネジメントがもたらす新たな哲学

スぺシャリステルネの支援を受けてニューロダイバースな人々の雇用を進める先駆的な企業の取り組みから、さまざまなことが見えてきた。

例えば、ドイツのSAPが取り組む「Autism at Work」というプログラムでは、入社3年の21歳の自閉症者が会計プロセスを効率化する革新的なアプリを開発し、大きな貢献を果たした。*7:pp.73-74

それだけではない。自閉症者とITとは非常に親和性が高いことは以前から知られていたが、ニューロダイバ―スな人材の職域がIT関連職種に限らないことがわかったのだ。

現在では、その職域は多岐にわたる(図3)。

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図3 SAPでニューロダイバ―ス人材が従事する職種 NRI 野村総合研究所(2021)「日本型ニューロダイバーシティマネジメントによる企業価値向上(前編)p.74 https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/publication/chitekishisan/2021/03/cs20210306.pdf

それは、多様な個性をもつニューロダイバ―スな人材に対して、各々に適した職種を個別に探った結果だった。

また、皮肉やニュアンスの違いなど言葉の綾がわかりにくい自閉症者に配慮して、率直なコミュニケーションを推奨したところ、企業内のコミュニケーション全般が向上したという。*1:No.239-246

さらに、こうしたプログラムに参加している定型型発達者からは、仕事の意義が増し士気が高まるという声が上がっている。

ニューロダイバ―シティ・マネジメントの基本は、個々の個性を見極め、それぞれが最大限力が発揮できる環境をデザインすることだ。

それはこれまでの画一的な人材マネジメントとは異なる方向性である。

ニューロダイバ―シティプログラムに成功した企業の多くは、通常の人材マネジメントをニューロダイバ―スな人々にとって優しいものにした上で、ニューロダイバ―シティプログラムを最終的には廃止することを計画している。*1:No.231-233

ニューロダイバーシティ・マネジメントを全ての従業員に適用することを目指しているのだ。

従業員は誰もが、取り換え可能な人材ではなく、それぞれが独自の個性をもつかけがいのない資産だ。

それはニューロダイバ―シティ・マネジメントが思いがけずもたらした、新たなマネジメント哲学といってよいのではないだろうか。

*1

ロバート D.オースチン、ゲイリー P.ピサノ /著 有賀祐子/訳(2018)『ニューロダイバーシティ:「脳の多様性」が競争力を生む』(ハーバード・ビジネス・レビュー論文)ダイヤモンド社(電子書籍)

*2

厚生労働省「知ることから始めよう みんなのメンタルヘルス>発達障害」

*3

厚生労働省「発達障害の理解のために」

*4

日本財団(2019)「『ダイバーシティ&インクルージョン』に関する意識調査」

*5

NRI 野村総合研究所(2021)「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト ~ニューロダイバ―シティマネジメントの広がりと企業価値の向上~」

*6

*7

NRI 野村総合研究所(2021)「日本型ニューロダイバーシティマネジメントによる企業価値向上(前編)

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執筆者

Deeper ライターズ

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