中国で性別の壁を越えるということ
中国で性別の壁を越えるということ

中国で性別の壁を越えるということ

共産圏に馴染み深い呼称として「同志」というものがある。

中国語読みでは「トンジ」、ロシア語ならば「タワリシチ」。

その語義は日本語同様、志を同じくする者ということなのだが、中国語の場合はやや特殊で、政治以外のジャンルでもこの言葉が使われる。

それは何を隠そう、というほどの隠語でもないのだが、LGBTQの世界である。

かつては揶揄を込めた呼び方であったのが、時代の移り変わりとともにからかいの意味合いが薄れていき、同性愛者を指す言葉として定着。

今では中国最大級のLGBTQ支援団体がその名を「北京同志中心」とするほど一般的な呼び名となっている。

かねてより中国における性的マイノリティの問題に関心を抱いていた筆者は、同団体のサイトを定期的にチェックしていた。

ところが、ある時からぱったりと更新が止まってしまったのである。

折しも中国ではジェンダー、ひいては人々の意識に関する統制が一段と強められた頃。

学生が立ち上げたLGBTQ関連のSNSアカウントは続々と凍結され*1、中性的なルックスのタレントを「いびつな美意識」として芸能界からパージするお触れまで打ち出された*2。

経済や社会だけでなく人々の意識の変化も早い中国では近年、特に若者の間で自由なジェンダー観が広まる一方、そのような流れを当局が問題視しているのは明らか。

中国の「同志」たちにとって、冬の時代が続くのではあるまいかーー。

そう思うのが普通であり、自分も全く同じ感想を抱いていた。

ところが現地でその方面に詳しい人々に聞くと、どうも話はそう単純ではないらしい。

お上の指導にもかかわらず、今なお中華の大地では濃密にしてアンダーグラウンドな魅力に満ちたLGBTQの世界が育まれている。

また、中国人とは基本やられっぱなしの人々では決してない。

奇想溢れるアイデアを駆使し、保守的な社会通念に縛られまいとする「同志」たちもまた多いのだという。

果たして中国のLGBTQたちは何かと窮屈なかの国で、いかにして自らのジェンダーを謳歌しているのか?

さまざまな方の意見に筆者自身の体験を交えつつ、分析を加えてみたい。

上に政策あれば下に対策あり

もともと中国では1997年まで同性愛が違法とされていた。

今ではお縄になることはなくなったとはいえ、LGBTQに対する世間の風当たりは、やはり厳しいように見える。

中国には儒教に基づく家父長制の伝統があり、家を絶やすことは「孝」に反するという観念が強い。

また、いまだ福祉が充分ではないこの国では、子供を持つこと即ちセーフティーネットという意識も残る。

さらに中国人にとって極めて重要なメンツの問題もある。

我が子が三十路を過ぎて独身でいようものなら、どうして一族郎党に顔向けできようかーーとなるわけだ。

そういう思考が根強い国で、息子がゲイでした、娘がレズビアンでしたという話を、親がどのように受け止めるかは想像に難くない。

その辺りの事情を、中国在住ジャーナリストで『ブラック企業やめて上海で暮らしてみました』(扶桑社)*3等の著書を持つ初田宗久氏に説明していただいた。

長く続いた一人っ子政策により、中国の若者はもともと強いプレッシャーに晒されていました。 さらにここにきて少子化対策が喫緊の課題となったことから、親だけでなく政府からも結婚しろ、子供はまだかと2重の圧力をかけられている状態です。 中国語でカミングアウトのことを『出柜』(チューグイ)と言うのですが、友達には本心を明かせても親には絶対に言えないというLGBTQの人は大勢います。 近頃、ジェンダーに関して政府が発しているメッセージはいずれも『男は男らしく、女は女らしく』*4というもの。 そのような空気が支配的な中、声を上げるのは大変なことです

百歩、いや1万歩譲って、親が言うのはまだ分からなくもない。

だが、政府が「こうあるべき」とジェンダー観を押し付けるのは、やはり奇妙に感じられる。

「第二子、第三子を持ってよいと方針転換*5してまで少子化対策を推し進める中、『子供を残さないLGBTQはケシカラン』という考えになるのでしょう。

また、関連NGOなどへの締め付けは、性的マイノリティが権利を主張することへの警戒もあると見ています。

それ自体が問題というより、権利主張が他分野に波及することへの恐れです」(初田氏)

そんな話を聞いていると、中国とは何と生きづらい国よと感じてしまうのだが、LGBTQたちとて負けてはいない。

以前、中国のジェンダー問題を取材していた際に聞いたのですが、あるゲイカップルとレズビアンカップルが協力し、お互いのパートナーを交換して籍を入れたという話がありました。 そうすると法律上は、男女のカップルが2組誕生となるわけですね。 しかもその人たちは、双方の両親を安心させるためにわざわざ結婚式まで挙げたそうです。 中国ではかつて、ゲイの人が本当は男性が恋愛対象なのに、親への義務感からむりやり結婚し、子供をもうけるというケースが多々ありました。 それは今でもなくなっておらず、中国のネット上には夫がゲイであることを知った奥さんの相談がたくさんあり*6、同じ境遇の人によるコミュニティも存在します」(初田氏)

日本人からすると奇異に感じられるものの、親も自分もできるだけ傷つかないようにしつつ、自分のジェンダーに正直に生きるための一種の知恵と言えなくもない。

「上に政策あれば下に対策あり」とは中国の有名なことわざだが、どれほどお上に押さえつけられようとも、その中で自分たちの生き方を探していく。

そんなしたたかさを中国のLGBTQたちは備えているように感じられる。

ピュアでストイックな中国人トランスジェンダーの輝き

初田氏いわく、取材を始めるまでは中国のLGBTQカルチャーはもっと抑圧されていると感じたという。

自分も以前は全く同意見、というか締め付けがあるのは紛れもない事実だが、実際その世界で生きている人々に会うと、意外なほどポジティブであるのに驚かされることがしばしばあった。

以前はトランスジェンダーという概念自体がメジャーではなかったけれど、今は理解のある人が増えているし、環境は悪くないと思うわ

そう話してくれたのは、北京のゲイパーティーで知り合った中国人ドラァグクイーンである。

彼が言う通り、その日のステージは「熱狂」という言葉でしか表現できないほどの盛り上がり。

客層も実に濃くて、ボンデージファッションに身を固めたレズビアンの方や勇気を出して初めての女装といった具合の男の子など、北京で暮らす日常の中で決して見かけない人々が集っていた。

北京や上海のようにもともと大きなLGBTQのコミュニティがあった大都市だけでなく、今は成都とか武漢とか、中国各地でそれぞれ魅力のある世界が広まってる。『皇后』(ホァンホウ、中国語でドラァグクイーンのこと)を目指す子も増えていて、アート表現のひとつとして認められてるっていう手応えを感じるの

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Photo by Jesús Boscán on Unsplash

彼の話には「中国はこうだから」というネガティブな捉え方がまるでない。

それはあたかも、LGBTQのカルチャーは国境に縛られない世界的ムーブメントであるということを体現するかのよう。

夢はドラァグクイーン一本で生計を立てることだそうだが、その夢を中国で叶えるのは、言うまでもなく難しい。

それでも常にドラァグクイーンとしていかに最高のパフォーマンスができるかを考えているという彼からは、とびっきりピュアな魂と求道者の如きストイックさが感じられる。

声高な主張をしない(できない)代わりに自らを磨き続け、ステージを通じて理解を広める。

それがいつかは、現実を変えてゆくーーとまでは言わなかったが、彼が見つめる中国LGBTQの未来はきっと希望に満ちたものなのだろうと強く思った。

そんな若き中国人ドラァグクイーンが「私、こう見えても結構有名なのよ」と、はにかみつつ教えてくれた海外メディアのインタビュー動画。

そこには、「性別とは、とても簡単に越えられるもの」と語る彼の姿があった。

撮影が行われたのは数年前。

では、果たして今はどうだろうか。

もともと中国とは何事もがんじがらめに見えて、実はある一線さえ越えなければ後はわりあい野放しという部分が確かにあった。

前出の初田氏は次のように語る。

2012年頃、上海のLGBTQシーンを取材していた際、とあるクラブのオーナーに話を聞く機会がありました。 そこでは毎回1000人以上が集まるゲイパーティーが行われていて、ものすごい盛況だったんですね。 とにかく圧倒されて驚いていると、オーナーの方がこんなことを言ったんです。 『中国というのは政治の話に触れなければ、大概のことは何でもありなんだ』 でも、今の中国国内にそういうユルい空気感はないように思います

それどころか、政治がジェンダーに介入するご時世となってしまった中国。

いつになるかは分からないが、中華の大地に生きるLGBTQの人々がより自分らしく生きていける時代となることを、今はただ願うばかりである。

*1

西日本新聞「性的少数者団体のアカウント閉鎖 中国当局が関与認める」

*2

共同通信「中国、『いびつな美意識』禁止 芸能界の管理強化」

*3

『ブラック企業やめて上海で暮らしてみました』(扶桑社)

*4

新華社通信「男性青少年の女性化防止に関する教育部の回答」

*5

ロイター「焦点:中国『3人っ子政策』、子育てコスト高く効果疑問視の声」

*6

知乎「夫が同性愛者だと分かった。私はどうすべき?」

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執筆者

Deeper ライターズ

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