恐怖の「偽装結婚式」 意外に多い女性から男性へのセクハラ被害のお話
恐怖の「偽装結婚式」 意外に多い女性から男性へのセクハラ被害のお話

恐怖の「偽装結婚式」 意外に多い女性から男性へのセクハラ被害のお話

ライター
公開日
Dec 21, 2021

直木賞作家の山本文緒さんがお亡くなりになったという訃報を、ネットニュースで見て知った。彼女の作品の中では、「恋愛中毒」が私にとって印象深い。

物語のヒロインは、恋に不器用で、恋愛するたび中毒のようにのめり込み、恋した男を追い詰めてしまう地味な中年女性。

小説は非常に面白かったが、ストーカー気質の女性を「恋に不器用」という言葉で片付けていいものだろうか。

そういう女性につきまとわれて、人生が狂った男を知っている。私が20代の一時期に交際していた勝彦さんだ。

彼と過ごした期間は長いとは言えず、お互いの真剣度も高いとは言えなかった。

それでもひと回り以上年上だった勝彦さんは結婚を意識する年齢であり、フィアンセとして私を友人知人に紹介していたので、別れを申し入れた際にはひどく恥をかかせてしまった。

別れを決めた理由にはいくつもの要素が複雑に絡み合っていて、一言では説明できない。

相手を大きく傷つけた分、私自身も失うものがあった。

それでも、後に

「別れの決断は正しかった。もしも流れに任せて結婚していたら、ひどいトラブルに巻き込まれ、人生を台無しにしてしまったに違いない。早めに別れて良かった」

と、胸を撫で下ろすことになった。

何故なら、勝彦さんと別れてしばらく後に、彼が信奉していた自己啓発セミナー主催者が逮捕されたのだ。

さらに数年後、彼が会員になっていた別の自己啓発セミナー団体も事件を起こし、それも世を賑わす大きなニュースになった。

どちらの自己啓発団体も、事件を起こすまでは活動内容が世に知られることはなかったし、私も詳しいことは分からないまま、それら自己啓発団体の会誌や団体代表の著書を読まされていた。

書籍や会誌には興味深く目を通していたが、内容には全く共感せず、真面目に受け取ってもいなかった。何故なら、それらの団体代表たちが「本物のアート」や「真の音楽」だと讃えていたものが、美大生だった私の目にはゴミにしか映らなかったからである。

「こんなゴミが芸術な訳ねぇだろ!」という反発が、私を洗脳から救ってくれたようだ。

けれど、当時はそれらの自己啓発団体が異常でおかしいとまでは思っていなかった。

当時はバブルが終わった不安定な時代で、若者の間で自分探しと自己啓発が大流行していたし、世紀末に向けてオカルトやスピリチュアルもブームだったのだ。

勝彦さんがどうして自己啓発やスピリチュアルに傾倒していったのか、私はその理由をちゃんと聞いていた。聞いていたのに、流していた。

彼が、「もう過ぎたことだから」と笑顔で話していた思い出話は、とてもシリアスな内容だったのに。

勝彦さんが職場で受けたハラスメント被害の深刻さに気がついたのは、別れて20年以上も経ってからだ。

近年、日本でもようやく男女平等や男女同権の意識が高まり、女性たちが「もう黙っていない」とセクハラ被害について声を上げ始めたことで、逆に男性の被害についても初めて意識が向くようになった。

Twitterを見ていると、かつて職場でセクハラ被害に遭ったという女性たちが、職場を去らざるを得なくなって人生に大変な不利益を被ったと憤っていたり、被害のトラウマから精神疾患を患い、生き辛くなったと嘆いている。

私自身も若い頃にはセクハラやストーカー被害に頻繁に遭っていたが、当時はそれが許されないハラスメントだとか犯罪だという意識が無かったし、幸運にも私個人は受けた被害によって精神や人生に深刻なダメージを負うことも無かったので、大きく傷ついた人たちの心情をおもんばかれていなかった。

けれど、多くの女性たちの訴えを眺めていて気がついたのだ。

被害に遭った女性たちの中に生き辛くなってしまった人たちが居るのなら、同様の被害に遭った男性たちもまた、人生に回復できないダメージを負い、生きづらくなってしまったのではないだろうかと。

勝彦さんは九州の農家の長男で、大学進学を機に上京し、更に海外留学もしている。バブルという時代背景もあり、彼のキャンパスライフはかなり華やかだったらしい。

自分がどれだけ派手に遊び回っていたか、お金を使い過ぎてどれほど親に迷惑をかけたかを、よく自慢げに語っていた。その頃の彼には、人生に希望しか見えていなかったそうだ。

そんな彼にとって人生初のつまずきは、就職後に待っていた。

新卒で就職した会社で、入社早々にベテラン社員の女性から恋をされてしまったのだ。

年上で地味な彼女は勝彦さんの好みではなく、好意を寄せられても迷惑なだけだった。けれど、入ったばかりの会社の先輩に冷たい態度は取り辛く、失礼な受け答えもできない。できるかぎり避ける態度を示すことで、諦めてもらおうとしていたそうだ。

しかしある時、どうしてもと懇願されて、写真スタジオへ付き合わされたのが運の尽きだった。

「あなたはただ付き添ってくれるだけでいいから」と頼まれ、スタジオ内で待っていたところ、なんと彼女はウェディングドレス姿で現れた。

「自分はまだ結婚に縁がないけれど、ドレスを着て写真だけでも撮ってみたかったの」

と彼女は言った。そして、

「こういう写真は一人では様にならないから、新郎役を務めて欲しい」

と頼み込んできたそうだ。冗談ではなかったが強く断れず、渋々タキシードを着て彼女の隣に立ち、「おひとり様ウェディング」の思い出作りに協力した…はずだった。

地獄が待っていたのは、その翌日だ。

彼女は勝彦さんと撮ったウェディングフォトを大量に焼き増しして社内で配り、「私たち結婚しました」と勝手に触れ回ったのだ。

勝彦さんは青ざめ、彼女との関係を必死に否定してまわった。流石に許せないので猛然と抗議したが、彼女は勝彦さんに拒否されればされるほど、一層執念を燃やして彼を追い回すようになる。

「どこから見張っているのか分からなかったけど、俺が家に帰ると必ず彼女から電話がかかってくるんだ。怖くなって電話線を引っこ抜いたら、今度は玄関前まで来て、延々とチャイムを鳴らし続ける。

だから夜でも家の電気をつけられなかったし、休みの日でもカーテンを開けられず、物音ひとつ立てられなかった。

いくら居留守を使っても彼女は諦めてくれなくて、ピンポーン、ピンポーンと鳴らされ続けるから、もう、頭がおかしくなりそうでさ。土曜も日曜も押入れの中で毛布をかぶって震えてたよ」

1980年代にストーカー規制法は無く、警察を呼んだところで相手にはされない。

勝彦さんは会社の上司たちに被害の相談をし、その女性に対し注意をしてもらったそうだが、解決には至らなかった。

やがてノイローゼになった彼は働くことが難しくなり、辞表を出した。

ストーカー女のせいで、彼は入社した会社でキャリアを積むチャンスを失ってしまったのだ。さらに被害のトラウマにより、再就職活動もままならなかった。

再就職を諦めた彼は留学した経験を活かし、子供向けの英会話教室を開くことにした。幸いにして需要はあり、どうにか食べていけたが、悩ましいのは子供達の指導ではなく母親たちの相手だった。

一部の母親たちから過剰な好意を寄せられて、迷惑だったが相手が顧客である以上、やはり失礼な態度は取れない。

この時代の母親たちはまだ専業主婦が一般的で、暇と鬱憤と焦燥を持て余しており、勝彦さんのような若い男性講師は格好の餌食だったのだろう。

彼はまたしても、年上で、自分より強い立場にある女たちからのセクハラに悩まされることになった。

そこで救いを求めたのが、自己啓発とスピリチュアルだったのだ。

彼は不運の原因を、「前世からの因縁と課題があるため」だと信じていた。

今にして思えば、彼はストーカー被害とセクハラによって生きづらくなってしまった人生に、折り合いをつけようとして必死だったに違いない。

日本経済がまだまだ好調だった時期に就職を果たした大学や地元の友人たちは、順調にキャリアを重ね、社会の中で活躍しているというのに、道を外れざるを得なかった自分は取り残されて、みんなとの差が開いていく。悔しくないはずがない。

大きく出遅れてしまった人生を挽回しようとして、近道を探し、自己啓発の罠にハマったのだろう。

自己啓発セミナーでポジティブな思考を植え付けられ、成功の秘密を知ったような気になっていた彼は、「教え」を実践していれば人生は上手くいくと信じていた。

もちろん、上手くいくはずなどない。自己啓発やスピリチュアルのセミナーで語られる「この世の真実」など、すべて戯言に過ぎないのだから。

私と交際していた頃の彼は、英会話教室を畳んで再就職を果たしていたが、私と破局して間もなく会社もクビになり、郷里に帰ったと聞いている。

信じていた自己啓発セミナーの代表たちが相次いで事件を起こした時、彼は何を思っただろうか。

女も生き辛いが、男の生き辛さもまた相当なものだ。

女たちが「その程度のことは我慢しなさい」と言われ、セクハラ被害を訴えられなかった時代には、男たちもまた「モテる男は辛いね」「据え膳食わぬは男の恥。一回くらい抱いてやれ」などと言われて、どれほど深刻な被害に遭っていようと、誰からもまともに取り合ってもらえなかったのだろう。彼の辛い過去の告白を、私がまともに聞いていなかったように。

山本文緒さんが死去されたニュースを読みながら、私は勝彦さんを思った。

「恋愛中毒」のヒットから、もう20年以上が経っている。時代が変わり、ストーカー女性を「恋に不器用」「愛に一途」と表現することも、「狂わせたのは男の責任」だとして物語を紡ぐことも、最早できないであろう。

あれはあの時代だったからこそ、受け入れられた物語だ。

時代が変わったからと言って、勝彦さんが今さら過去の被害を訴えることはできないし、彼の失われた時間と傷ついた人生も取り返しがつかない。

けれど、彼のような不幸なハラスメント被害者がこれ以上生まれないことを、願ってやまない。

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執筆者

Deeper ライターズ

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