しょせん社員は消耗品?——無自覚に人を潰す組織が失った「情」
しょせん社員は消耗品?——無自覚に人を潰す組織が失った「情」

しょせん社員は消耗品?——無自覚に人を潰す組織が失った「情」

「一度でも交わりを持った人間とは、目に見えない糸で結ばれ、永遠の縁が切れることはない」

まるでスピリチュアルのような言い回し。ですが、これは“企業と従業員の話”です。

一度「会社」という器に入った人間は、離職ようが転職しようが独立しようが、決して切ることはできない糸で結ばれ続けます。

その糸は生き物のように息をし続け、今なお拡大していることをご存じでしょうか。

社員を取り替えれば済むと思ったら大間違いだった

冒頭の話の種明かしからしていきましょう。今日もどこかであなたの会社の内情が話題になっています。

入社歴のある人間全員が一生涯にわたって語り続ける会社の名

ビジネスパーソンにとって「職務経歴」は、出身地や学歴と同等またはそれ以上に、生涯にわたり背負い続ける刻印といえます。

と同時に、“前にいた会社の話”は頻出のトピックです。

家族や友人とのプライベートのおしゃべりから、現在の同僚・上司・取引先との情報交換、転職活動中の面接に至るまで、“前にいた会社の話”は聞く機会も話す機会もよくあります。

例えば、直近1年以内に筆者が、人から“前にいた会社の話”として耳にした内容を列記してみましょう。

  • 「社長がワンマンで直属の部下はみんな潰れてしまう」
  • 「下請けに抱えさせる在庫が半端なく零細企業を数社は倒産させた」
  • 「精神疾患で辞めた社員と裁判中で揉めている」
  • 「社長がすごく良い人で休日に働いていると逆に怒られた」
  • 「もうすぐ上場する予定で大量採用を進めている」
  • 「社長が『社員は消耗品』と口走ったとき離職を決意した」

これらの「内(ウチ)」から発せられる情報は信ぴょう性が高く感じられ、一度ついたイメージが覆ることはまずありません。

本当の消耗品と違って離職した社員は消えない

当然のことではありますが、「社員は消耗品」と取り替えても、“本当の消耗品”とは違います。その人は他の会社やコミュニティに移動するだけ。消えないのです。

目の前から見えなくなっても、一生涯その会社の名を、さまざまな文脈でさまざまな人に向かって語り続けます。

入社歴のあるすべての人間が、生きている間、ずっとです。語られた内容はまた、受け取った人の脳裏で生き続けます。

「その糸は生き物のように息をし続け、今なお拡大している」と述べましたが、リアルに想像すれば、これは恐ろしいことでもあります。

社員を消耗品扱いしながらブランディングはできない

筆者がなぜこのような視点で離職者を見つめているのか?といえば、専門がマーケティングであることと無関係ではありません。

「社員を消耗品扱いしながら、自社のブランディングはできない」と痛感するからです。

というのも、「タッチポイント」というマーケティング用語があります。日本語では「顧客接点」です。

顧客がブランドに接触するあらゆる情報接点(=タッチポイント)を適切にマネジメントすることは、ブランディングの基本。多くの企業がタッチポイントの最適化に取り組んでいます。

例えば、広告・SNS・Webサイト・接客・コールセンターなどがタッチポイントの例です。

しかしながら、企業がいかに努力してもコントロールできないタッチポイントがあります。それが、「離職者から発せられる口コミ情報」なのです。

前述の『社員は消耗品』と口走った社長が経営する会社は、サスティナブルなライフスタイルを提案するブランドを展開しています。「買わない」と決めたことは、いうまでもありません。

永遠の契りを交わす相手を大切にしているか?という問い

社員を消耗品と捉えるか。

あるいは、永遠の契りを交わす相手と捉えるか。

意識の転換は、根本から多くの問題を解決します。逆にいえば、意識が転換していないのに表面的な対策をしても無意味です。

表面的なハラスメント対策では歯が立たない

実際、職場でのハラスメント対策に取り組む企業は増えているにもかかわらず、ハラスメント相談件数は減っていない現実があります。

下図は厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査(令和2年度)」からの引用です。

パワハラ、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント、介護休業等ハラスメント、就活等セクハラでは「相談件数は変わらない」の割合が最も多くなっています。

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人間が人間を軽んじたときに「ハラスメント」が生じるとするなら、ハラスメントにまみれた社会に生きる私たちは、何をすべきでしょうか。

改めて「永遠の契りの重み」を実感することが、有効な解決策となるはずです。

論理に寄りすぎた今こそ「情」を取り戻すとき

今の時代に“永遠の契り”などという表現は、いささかウェットに響きます。

ですが、家族的経営・師弟関係・年功主義など、古来の日本社会に根付いた“ウェットなにおい”を、私たちは敬遠し過ぎたのかもしれません。

現代の欧米社会が発見している情はすでにある

1990年代から2000年初頭にかけ、欧米から押し寄せたビジネスライクな成果主義は、“うま味”を与えてくれました。一定の気楽さとカネ(業績)です。

ところが今、欧米から日本へ入ってくる横文字エッセンスの多くがまとっているものがあります。かつて私たちが捨てた、“ウェットなにおい”です。

エンゲージメント、ロイヤルティ、カスタマーサクセス、シビリティ、サイコロジカルセーフティ——。

それぞれの理論に主張はあれど、共通項をたったひとつの日本語で表現できます。「情」です。

情のあるリーダー、情のある組織、情のある会社へ

「情」という言葉を辞書*1で引いてみましょう。以下のように記載されています。

1 物に感じて動く心の働き。感情。 2 他人に対する思いやりの気持ち。なさけ。人情。 3 まごころ。誠意。

心の動き、思いやり、なさけ、まごころ、誠意。

「論理より情」で動く人を、ロジカルシンキングに弱いと鼻で笑う社会が失ったもの。それは、情のあるリーダー、情のある組織、情のある会社です。

どんなにロジカルに生産性を追い求めても、顧客も社員も皆が人間であるという事実は変わりません。そもそも不条理な存在である人間から、「情」を抜き取ること自体、ナンセンスだったのです。

結局のところ持続可能な会社として生き残るのは、情のある会社。きっと、これからの歴史が証明することでしょう。

さいごに

筆者自身は、成果主義やロジカルシンキングが強く求められる環境で長く仕事をしてきました。

「本当の意味で、成果を出す・論理的に考える」という視点から考えてみても、“組織における情の重要性”は自明の理であるように思います。

私たちは、好きな人の役に立ちたいし、情けを掛けてくれた人に恩を返したいし、愛する会社のためなら一生懸命がんばりたいのです。

そんなシンプルなロジックを、どこに置き忘れてしまったのか。

「情のあるリーダーのもとで働きたい」

——かつての同僚の言葉です。

効率化と成果主義の荒波に揉まれて疲弊し、田舎に帰ることになった彼女の伏し目がちなまなざしを、忘れることはありません。

*1

引用) "じょう【情】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-11-13)

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執筆者

Deeper ライターズ

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