日本語は誰のもの? インクルーシブな社会に不可欠なツール「やさしい日本語」の話
日本語は誰のもの? インクルーシブな社会に不可欠なツール「やさしい日本語」の話

日本語は誰のもの? インクルーシブな社会に不可欠なツール「やさしい日本語」の話

日本語は誰のものだろう。

もし、「この社会で暮らす皆のもの」がその答えだったとしたら、その日本語で苦労している人がいないか、周りを見回してみる必要があるのではないだろうか。

言葉は万能ではないが、言葉によって実現できることが山ほどあるのもまた事実だ。

特に、重要な情報の伝達に言葉は欠かせない。日本で暮らす人々にとって、日本語は時に命綱ともなり得るのだ。

この社会にはさまざまな人々が暮らしている。

インクルーシブな社会を目指す上で、ツールとしての日本語をどう捉えどう使えばいいのだろうか。

その答えのひとつが「やさしい日本語」である。

「やさしい日本語」とは

「やさしい日本語」の定義は一律ではないが、法務省による定義は以下のようなものである。*1-1:p.3

やさしい日本語は、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことです。日本語の持つ美しさや豊かさを軽視するものではなく、外国人、高齢者や障害のある人など、多くの人に日本語を使ってわかりやすく伝えようとするものです。

たとえば、以下のA・Bのうち、誰にとってもわかりやすいのは、どちらだろうか。*2:p.3

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図1  「やさしい日本」の例

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出典:愛知県 地域振興部国際課多文化共生推進室(2013)「『やさしい日本語』の手引き」p.3 https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/288127.pdf

おそらくBだろう。BはAをわかりやすく言い換えた「やさしい日本語」の例である。

では、次の文を「やさしい日本語」にすると? *2:p.11

★「やさしい日本語」クイズ

例 来月は、授業参観があります。 → 来月は、お父さん、お母さんが授業を見ます。 (1) この家は新築で、間取りは2DKです。 → (2) 初診の方は、保険証を見せてください。 → (3) 最近、K-POPが人気ですね。 →

解答は後でみることにしよう。

災害があぶり出した「情報弱者」の存在

「やさしい日本語」が広まりつつある経緯はどのようなものだったのだろうか。

1995年1月17日、日本は阪神・淡路大震災という大災害を経験した。

この災害で特に大きな影響を受け、救援や復興中に厳しい状況におかれたのは、「災害弱者」と呼ばれる人々―高齢者、乳幼児、障がい者、旅行者、外国人だった。*3:p.1

災害時に最も情報を必要としている人々に情報が届かなかったのである。

「災害弱者」は同時に「情報弱者」でもあった。

特に外国人の中には、避難命令が出されたことも避難所の場所も知らない人が多く、義援金や救援物資に関する情報を得ることも困難だった。

この災害で亡くなった外国人は199人で死者数の3.9%を占め、当時兵庫県に在住していた外国人の割合1.8%を上回っている。

そうした教訓を生かし、日本在住の外国人が災害発生時に適切な行動をとり、身の安全が守れるようにと提案されたのが「やさしい日本語」である。

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図2  「やさしい日本語」を使った標識:ふりがな付き、「避難場所」の下の( )内

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出典:愛知県 地域振興部国際課多文化共生推進室(2013)「『やさしい日本語』の手引き」p.4 https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/288127.pdf

阪神・淡路大震災後も日本は2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災と、次々に大災害に見舞われ、「やさしい日本語」の重要性がその度に認識されることになった。

ただし、「やさしい日本語」は現在、災害時に限らず、さまざまな文書作成に活用されたり、日本語が不自由な人とコミュニケーションを図る際に用いられたりしている。

在留外国人の増加と多様化

「やさしい日本語」が必要とされている背景のひとつに、在留外国人の増加と多様化が挙げられる。

2020年末の在留外国人数は2,887,116人で、30年前の約2.7倍であった。*4:p.1、*5

同年の日本の総人口は 126,226,568人で、外国人が占める割合は約2.3%に上る。*6:p.1

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図3  在留外国人の推移

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出典:法務省 出入国在留管理庁(2021)「令和2年末現在における在留外国人数について」p.1 https://www.moj.go.jp/isa/content/001344904.pdf

また、国籍も多様化しており、上位10か国の公用語だけで9言語におよぶ。*1-1:p.2

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図4  在留外国人の国籍・地域別構成比(2020年末)

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出典:法務省 出入国在留管理庁(2021)「令和2年末現在における在留外国人数について」p.4 https://www.moj.go.jp/isa/content/001344904.pdf

言語権と「やさしい日本語」

上述のように、日本にはマイナーな言語をもつ人々がいる。そういう人々にとって自己の言語を使う権利「言語権」は重要な意味をもつ。

「言語権」が基本的人権のひとつであることに初めて言及したのは、1948年第3回国際連合総会で採択された「世界人権宣言」である。*7

その後、1966 年の「国際人権 B 規約:自由権規約」の 27 条(少数者の権利)では、自己の言語を使用する権利が規定されている。

その部分を簡単に要約すると、以下のようになる。*8

言語的少数民族が存在する国で、少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の言語を使用する権利を否定されない。

さらに、1992年に国連で決議された、いわゆる「マイノリティ宣言」では、もう一歩踏み込み、国家に対して言語権の保護と促進を要請している。*9

これらをふまえると、日本に住む外国人に情報を伝えるときには、多言語で翻訳・通訳するのが望ましいということになる。

では、実際の言語対応はどうなっているのだろうか。

現在、災害時の放送や災害に関する情報提供については、14言語対応がスタンダードになりつつある *10、*11。

14言語とは、日本語、英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、ベトナム語、タガログ語、タイ語、ネパール語、クメール語、ビルマ語、モンゴル語である。

ではこれ以上の対応は可能なのだろうか。

2020年現在で日本に在留している外国人の国籍は190か国以上に上り、完全な多言語化は、コスト面からもほぼ不可能だといっていい。*12

また、外国人住民を対象に東京都が行った調査によると、希望する情報発信言語として「やさしい日本語」と回答した人の割合は英語を上回り、トップを占めていた。*13:p.42

ちなみに、「日本語」と答えた人の割合はわずか22%である。

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図5  外国人住民が希望する情報発信の言語

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東京都国際交流委員会(2018)「東京都在住外国人向け 情報伝達に関するヒアリング調査報告書 」p.42 https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp/info/files/a70d5ac7db12bd5c538a3b38f2a01613c262657e.pdf

「やさしい日本語」は、本来保障するべき言語権が完全には保障されてはいない状況で、それを補償するための手段として、重要な役割を担っているのだ。

「やさしい日本語」の多様性と効用

多様な「やさしさ」

では、「やさしい日本語」は外国人向けのものだろうか。

冒頭の定義のところで少し触れたが、「やさしい日本語」は決して外国人のためだけのものではない。

「やさしい日本語」を必要としている人々は、広く日本語に不自由な人々、たとえば、高齢者や年少者、障がいを抱えている人々など多様だ。

また、「やさしい日本語」は音声や文字だけを視野に入れたものでもない。

ここで、情報を5感に分けて整理すると以下のようになる。*14:p.280

表1  5感別情報の種類

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参考:あべやすし(2013)「情報保障と『やさしい日本語』」『「やさしい日本語」は何を目指すか』p.280より筆者作成

表1をみると、実は情報は、相手に合わせて多様な形や手段で提供する必要があることがわかる。

また、それと同時に、音声を文字にしたり、逆に文字を音声にしたり、音声や文字をピクトグラムにしたり、墨字を点字に変換することなども必要となる。

さらに、身振り手振りや表情で表す、写真や絵で示す、ゆっくり大きな声で話す、漢字にふりがなを振る、文字を大きくするなどのさまざまな工夫も広い意味での「やさしい日本語」にあたる。

「やさしい日本語」の効用

次に「やさしい日本語」の効用について考えてみよう。

まず挙げられるのは、情報弱者に対して、大切な情報をわかりやすく提供できることである。

上述のとおり、そのことによって、災害時により多くの人々が身の安全を確保することができ、さらにさまざまな援助を受けることが可能になる。

また、お役所や企業における各種文書、子どもの学校のお知らせなどには重要な情報が含まれているにもかかわらず、時にわかりにくい日本語で書かれていることがある。それらの情報をよりわかりやすく提供することができれば、その情報を得た人々の生活の質が向上する。

次に、コミュニケーション・ツールとしての効用は、なんといっても多様な人々との相互理解が可能になることだろう。

それは、インクルーシブな社会を構築する上で欠かせない要素だ。

さらに、日本語を調整して「やさしい日本語」を作成する側にとっても、そのプロセスを通して自らのコミュニケーション能力が向上するというメリットが得られるはずである。

「やさしい日本語」は万能か

では、「やさしい日本語」は万能なのだろうか。

実はそうとはいえない。

特に、日本語能力が低い人々に対して正確な情報提供をすることが必要な場合には、多言語サービスや通訳を利用した方が賢明だろう。

また、現在、便利なアプリがいくつか開発されている。

総務省と国立研究開発法人情報通信研究機構が連携して開発した、多言語音声翻訳アプリ‘VoiceTra(ボイストラ)’もそのひとつだ。*15

話しかけると外国語に翻訳した音声が返ってくるアプリで、31言語に対応している。スマホさえあればお互いに母語や得意な言語で会話ができるため、大変便利だ。

「やさしい日本語」の作り方

ここでは「やさしい日本語」の作り方を簡単にご紹介したい。

まず、大切なのは、「やさしい日本語」は固定的なものではないという点だ。あくまで相手やその時々の状況に合わせて調整することが必要である。

法務省は、在留外国人のための「やさしい日本語」作成に関して次のような3ステップを推奨している。*1-2

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図6  在留外国人のための「やさしい日本語」作成の3ステップ

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出典:法務省 出入国在留管理庁(2020)「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」概要 https://www.moj.go.jp/isa/content/930006071.pdf

では、ここで、上述の ★「やさしい日本語」クイズの解答例をご紹介しよう。*2:p.12

例 来月は、授業参観があります。 → 来月は、お父さん、お母さんが授業を見ます。 (1) この家は新築で、間取りは2DKです。 → この家は新しいです。ご飯を作る所とご飯を食べる所と部屋が2つあります。 (2) 初診の方は、保険証を見せてください。 → この病院は初めてですか?では、保険証はありますか? (3) 最近、K-POPが人気ですね。 → 最近、韓国の歌を好きな人が多いですね。

ポイントはいくつかある。

まず、難しい言葉を簡単な言葉に言い換えることだ。

(1) の「新築」「間取り」、(2) の「初診の方」、(3) の「K-POP」「人気」はそれぞれどのように言い換えられているだろうか。

また、(1) と (2) の元の文は、ひとつの文に複数の情報が盛り込まれている。それを「やさしい日本語」ではどのように示しているだろうか。

ただし、繰り返しになるが、解答はひとつではない。

目の前の相手の様子をみて、適宜調整することが大切である。

たとえば、(3) の「最近」は「この頃」と言い換えた方がわかりやすいと感じる人もいるかもしれない。

本稿は、「やさしい日本語」の作成法を主目的とはしていないため、作成方法についてより詳しく説明するのは別の機会に譲りたいが、関心をもたれた読者には、以下の手引きをお薦めする。

さて、「やさしい日本語」を作成した後は、専門家が開発したツールで日本語の難易度を調べることができる。*1-1:pp.11-12

ちなみに、これらのツールのうち、「やさにちチェッカー」*16 を使って、上の (1) の文の難易度を調べたところ、以下のような判定結果となった。

図7 「やさにちチェッカー」による「やさしい日本語」の難易度判定例

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出典:「やさしい日本語」科研(一橋大学国際教育センター庵功雄研究室)「やさにちチェッカーVer0.26」 http://www4414uj.sakura.ne.jp/Yasanichi1/nsindan/

日本語は誰のものか

最後に、冒頭の質問に立ち戻ってみたい。

日本語は誰のものだろう。

その答えが「この社会に暮らす皆のもの」であるのなら、その皆にとって日本語が等しく優れたツールとして機能しているのかを改めて問い直してみる必要がある。

この社会にはさまざまな人々が暮らしている。

にもかかわらずマジョリティは、自分にとっての「当たり前」は誰にとってもそうのだとなんとなく思いこんでしまいがちだ。

それゆえに、そうした無頓着さが一部の人々の不自由さにつながっていることに気づきにくい。

「やさしい日本語」は相手やその時々の状況に合わせて、様子をみながら調整し紡ぎ出していく、いわばオーダーメイドの言葉である。

その基盤となるのは、相手が自分と対等な存在であることを認め、相手を尊重し、相手の立場を思いやり、相手の利益に貢献しようとする姿勢だ。

「やさしい日本語」はインクルーシブな社会の実現に欠かせないツールなのである。

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資料一覧

*1-1

法務省 出入国在留管理庁(2020)「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」

*1-2

法務省 出入国在留管理庁(2020)「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」概要

*2

愛知県 地域振興部国際課多文化共生推進室(2013)「『やさしい日本語』の手引き」

*3

佐藤久美・岡本耕平・髙橋公明・田中正造・山岡耕春・宮尾克(2004)「地震災害における外国人の被害と災害情報提供」(『社会医学研究』)

*4

法務省 出入国在留管理庁(2021)「令和2年末現在における在留外国人数について」

*5

国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2014)」

*6

総務省(2021)「令和2年国勢調査 人口速報集計結果の要約 」

*7

外務省「世界人権宣言(仮訳)」

*8

外務省「市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権 B 規約 : 自由権規約)」https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html

*9

ミネソタ大学人権図書館「民族的又は種族的、宗教的及び言語的少数者に属する者の権利に関する宣言(少数者の権利宣言)」

*10

国土交通省(2020)気象庁「防災気象情報を14カ国で提供開始します~気象庁における多言語化に係る取組~」(令和2年4月16日)

*11

内閣府「災害時に便利なアプリとWEBサイト(多言語)」

*12

e-Stad 「統計でみる日本 在留外国人統計 2020年12月」

*13

東京都国際交流委員会(2018)「東京都在住外国人向け 情報伝達に関するヒアリング調査報告書 」

*14

あべやすし(2013)「情報保障と『やさしい日本語』」『「やさしい日本語」は何を目指すか』

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執筆者

Deeper ライターズ

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