生命の仕組みから読み解くメッセンジャーRNA (mRNA)ワクチン
生命の仕組みから読み解くメッセンジャーRNA (mRNA)ワクチン

生命の仕組みから読み解くメッセンジャーRNA (mRNA)ワクチン

新型コロナウイルス(Covid-19)対策の切り札として、接種計画を世界中が急ピッチで進めているコロナワクチン。

日本ではファイザー社の新型コロナワクチンによる接種が進められている。ファイザー社製の新型コロナワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンであり、コロナウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスがヒトの細胞へ侵入するために必要なタンパク質)の設計図となるmRNAを脂質の膜に包んだワクチンとなる。

このワクチンは、インフルエンザワクチンのような不活化もしくは弱毒化したウイルスを用いず、代わりにコロナウイルスのスパイクタンパク質をつくるためのmRNAを用いていることが大きな特徴である。

普段聞きなれないmRNAと、それを用いたファイザー社製のワクチンがどのように効果を発揮するかについて、生命の仕組みから読み解いてみたい。

image

生命の基本メカニズムであるセントラルドグマ

mRNAを理解するためにはまず生命の基本メカニズムである、セントラルドグマ(生物学の中心教義)を理解する必要がある。

セントラルドグマとは、遺伝情報は「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達されるという、分子生物学の概念である。この概念は、細菌から人間まで、ありとあらゆる生命に共通のメカニズムである。

image

生命の設計図と呼ばれるDNAは馴染みがあるだろう。コンピューターで例えるならば、DNAはその生物のすべての設計図データを保存したハードディスクだ。

人間の体の約70%は水分でできているが、次に多いのがタンパク質で約15%だ。このタンパク質すべてがセントラルドグマを通じて、作られている。たとえば、唾液に含まれる消化酵素アミラーゼもタンパク質でできており、当然ながらハードディスクであるDNAにアミラーゼの設計図が記載されている。

image

アミラーゼを新たに作り出す際、DNAのうちアミラーゼの設計図が描かれた領域がmRNAとして転写される。mRNAはコンピューターで言うところのさながらメモリーである。

コンピューターのメモリーはハードディスクから読み込んだ情報を一時的に保存し、プログラムによる処理に用いられる。mRNAも同様に、DNAから転写された情報を一時的に保存し、アミラーゼなどのタンパク質を生成する際に一時的に用いられる。mRNAの"m"は”Messenger(メッセンジャー)”の略であり、遺伝情報を伝える因子(Messenger)という意味から名づけられた。

image
✒️

RNAとDNAの比較。RNAはDNAと違い一本鎖であることが特徴だ。 出典:https://nebula.org/blog/ja/mrna-%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC-rna/

コンピューター内部でメモリー上の情報をプログラムが読み取り、その情報をもとにプログラムが結果を出力するように、体内ではリボソームという高分子によって、mRNAの情報を読み取りタンパク質を生成(翻訳)する。アミラーゼも、メモリーであるmRNAの情報をもとにプログラムであるリボソームにより翻訳され、アミラーゼタンパク質として合成される。

このタンパク質を合成するときに材料となるのがアミノ酸だ。タンパク質はアミノ酸が鎖のように連なったものである。mRNAの情報と対応するアミノ酸をつなぎ合わせタンパク質を合成するのがリボソームだ。

image
✒️

紫の鎖のようなmRNAをリボソーム(赤と青の2つのユニットで構成)が翻訳し、アミノ酸が鎖状につながったタンパク質(青の鎖)を合成していく様子。 出典:https://courses.lumenlearning.com/wm-biology1/chapter/reading-ribosomes-mitochondria-and-peroxisomes/

以上の「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」という生命の基本メカニズムであるセントラルドグマを踏まえたうえで、ファイザー社製の新型コロナワクチンについてみていこう。

ファイザー社製の新型コロナワクチンの組成

それでは、まずファイザー社製の新型コロナワクチンの組成を見てみよう。

下記の表は、ファイザー社製の新型コロナワクチン(販売名:コミナティ筋注)の組成表だ。そのうち、有効成分「トジナメラン」はコロナウイルスのスパイクタンパク質の設計図である遺伝子配列をコードするmRNAを指す。

image
✒️

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構の新型コロナワクチン関連文書より引用 https://www.pmda.go.jp/drugs/2021/P20210212001/672212000_30300AMX00231_B101_1.pdf

添加剤として、mRNAを安定化させる

  • 脂質([(4-ヒドロキシブチル)アザンジイル]ビス(ヘキサン-6,1-ジイル)ビス(2-ヘキシルデカン酸エステル)およびコレステロール)
  • リン脂質(1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン)
  • ポリエチレングリコール(2-[(ポリエチレングリコール)-2000]-N,N-ジテトラデシルアセトアミド)

などで構成されている。

脂質やリン脂質は体内でも存在しているものであり、ポリエチレングリコールは医薬品や化粧品で広く使われており、たとえば化粧品の粘りを上げるためや、成分が細胞内に取り込まれやすくするために用いられる。

(これらの成分による副作用がない、と言っているわけではない。)

ワクチンのmRNAにコードされているスパイクタンパク質とは

有効成分である「トジナメラン」には、コロナウイルスのスパイクタンパク質の設計図である遺伝子配列をコードするmRNAの全長が含まれている。では、スパイクタンパク質とは何だろうか。

スパイクタンパク質とは下記の図の通り、ウイルスの外膜(エンベロープ)からスパイク状に出ているタンパク質のことを指す。”スパイク”という名の通り、人間の鼻の粘膜などにある細胞に引っ掛かり、細胞と結合して侵入するためのタンパク質になる。

image

具体的にどのように細胞内に侵入するかは、こちらに詳しい。

ここでポイントなのは、コロナウイルス全体のmRNAではなく、スパイクタンパク質の遺伝子配列のみをワクチンのmRNAがコードしている、ということだ。

もし、コロナウイルス全体の遺伝子配列を含めた場合、それはコロナウイルスの感染に近しいことが起きかねない。セントラルドグマに則り全遺伝子配列がリボソームにより翻訳され、コロナウイルスのタンパク質すべてが合成され、結果体内でコロナウイルスが量産され、発症しかねない。

しかしスパイクタンパク質だけであれば、コロナウイルスを構成するほかのタンパク質などは存在しないため増殖、発症は起こらない。ましてや感染もしない。では、なぜスパイクタンパク質を合成するためのmRNAがあれば免疫獲得に十分なのか。そこで、免疫のメカニズムを簡単に紹介したい。

ワクチンによる免疫獲得とは?

ここでは一旦mRNAやコロナウイルスから離れて、免疫について紹介しよう。

免疫とは、自分の体と違うもの”異物”が体内に入ってきた場合に、その異物を攻撃し排除する防御反応である。免疫は大きく自然免疫と獲得免疫に分けられる。

自然免疫は、好中球やマクロファージといった食細胞により行われる。食細胞という名の通り、自己と異なる分子を持つ細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入してくると、それらを食べることで排除する。病原体が体内に侵入したときに獲得免疫より先に働き、感染初期の防御に役立つ。

獲得免疫とは、感染した病原体を特異的に見分け、それを記憶し、再度同じ病原体に出会ったときに効果的に病原体を排除する。ワクチンによる免疫獲得とは、まさにこの獲得免疫にウイルスを記憶させる仕組みである。

獲得免疫は自然免疫と比べると、免疫として機能するまでの時間は長い。しかし、一度特異的に病原体を記憶すると指数関数的に増殖し強力な免疫作用を示す。この獲得免疫で活躍する免疫細胞は、主にT細胞やB細胞といったリンパ球である。

image
✒️

自然免疫と獲得免疫の仕組み。 出典:https://biobankjp.org/cohort_1st/public/tsushin06/biobank_tsushin06_02.html

上記を踏まえると、スパイクタンパク質さえあれば獲得免疫によりコロナウイルスが排除されることがお分かりではないだろうか。獲得免疫からすれば、病原の一部であるスパイクタンパク質さえ記憶しておけば、たとえコロナウイルスが体内に入ってきたとしても、T細胞やB細胞からなる獲得免疫がそのスパイクタンパク質をめがけて攻撃し、コロナウイルス自体を排除するのである。

image

セントラルドグマを利用したmRNAワクチンによる対コロナウイルス免疫獲得

セントラルドグマ、ファイザー社製の新型コロナワクチンに含まれるスパイクタンパク質のmRNA、免疫システムを踏まえると、ファイザー社製の新型コロナワクチンによる免疫獲得は以下のように行われる。

まず新型コロナワクチンが注射されると、それに含まれるコロナウイルスのスパイクタンパク質の遺伝子配列をコードしたmRNAが細胞内に取り込まれる。

セントラルドグマのメカニズムより、取り込まれたmRNA上の遺伝子配列をリボソームが読み取りながら、対応するアミノ酸をつなぎ合わせ最終的にコロナウイルスのスパイクタンパク質を合成する。

合成されたスパイクタンパク質は当然ながら”異物”である。よって、その異物を排除するために免疫システムが稼働し、獲得免疫によって記憶され排除される。

そのようにして、ファイザー社製の新型コロナワクチンによってコロナウイルスに対する免疫が獲得されるのだ。

このように、コロナウイルスのスパイクタンパク質mRNAを用いたワクチンによる免疫獲得は、生命の仕組みを利用したとても合理的なワクチンなのである。

image

より詳しく新型コロナワクチンについて知りたくなった方は、ぜひこちらの記事をご覧いただきたい。新型コロナワクチンmRNAの遺伝子配列を詳細に解説したものであり、生命設計図である遺伝子配列がまるでコンピューターのプログラムのようにコードされていることが分かるであろう。

コンピューターのあらゆるデータは0か1で表される。生命の設計図である遺伝子配列はAGTCの4つで表されるのだ。

[翻訳] BioNTech/Pfizer の新型コロナワクチンを〈リバースエンジニアリング〉する|柞刈湯葉 Yuba Isukari|note

本記事は Bert Hubert による [Reverse Engineering the source code of the BioNTech/Pfizer SARS-CoV-2 Vaccine] を許可を得て 日本語訳したものです。 ようこそ。この記事では、バイオンテック社・ファイザー社による新型コロナウイルスの mRNA ワクチンのソースコードを、1文字ずつ解読していきます。 本記事を読みやすく、正しいものとするために時間を割いていただいた多くの方々に感謝いたします。間違いはすべて私の責任に属しますが、 bert@hubertnet.nl または @PowerDNS_Bert までお知らせいただけると幸いです。 〔訳注:翻訳に関する指摘は柞刈湯葉 @yubais まで。〕 「ワクチンのソースコード」だって? ワクチンは腕に注射する液体だろ、そのソースコードって何だよ? と思われたかもしれません。いい質問ですね。ではまず、バイオンテック・ファイザーのワクチンの一部を見るところから始めましょう。このワクチンはコードネーム BNT162b2, 一般名は Tozinameran, また商品名は Comirnaty と呼ばれています。 BNT162b2 mRNA の最初の500文字。出典: World Health Organization BNT162b2 mRNA ワクチンの心臓部は、このようなデジタルコードから始まります。全体で4284文字、やろうと思えば Twitter に連投できるサイズです。ワクチンの製造過程は、まずこの配列を DNA プリンター (そういうものがある)にアップロードして、データを DNA 分子に変換するところから始めます。

[翻訳] BioNTech/Pfizer の新型コロナワクチンを〈リバースエンジニアリング〉する|柞刈湯葉 Yuba Isukari|note

mRNAワクチンのメリット・デメリット

このような、生命の仕組みを利用したとても合理的なワクチンはメリットがあるとともに、当然デメリットもある。簡単にそれらを紹介したい。

メリット

  • ワクチンの迅速な開発が可能

通常であればワクチン開発には平均10~15年かかると言われている。しかし、新型コロナワクチンは、コロナウイルスの配列決定からわずか2カ月以下で臨床試験に入るなど、従来のワクチンでは考えられないスピードで開発されたと言われている。このようなことが可能になったのが、スパイクタンパク質のmRNAをもとにしたワクチンだからだろう。スパイクタンパク質のみが体内で合成されるので、安全性を検証する臨床開発が短く抑えられたことや、ウイルスを培養する必要なく、一部のmRNAを合成すればよいことから製造期間も短縮できたと考えられる。

image

デメリット

  • mRNAは不安定な物質なため、保管が大変

新型コロナワクチンを供給するために、日本全国の医療機関にマイナス80℃のディープフリーザーが発送されたニュースが記憶に新しいと思われる。

mRNAはコンピューターのメモリーに相当すると述べたように、あくまで一時的なものである。よって、mRNAはとても不安定で壊れやすいため、マイナス80℃などの超低温で保管する必要があるのだ。mRNAは一本鎖ゆえに構造的に不安定ということに加え、RNAを分解する酵素RNase(アールエヌエース・リボヌクレアーゼ)は唾液をはじめあらゆるところに存在しており、この酵素により簡単にmRNAは分解されてしまう。

ちなみに、DNAは2本鎖で構造的に頑丈ゆえに安定的だ。

  • スパイクタンパク質に大幅な変異が入った変異種には効かない可能性がある

コロナウイルスは、イギリス株やインド株というように変異株が多数生まれてきており、現時点で10種類以上の変異株が特定されている。

新型コロナワクチンは、コロナウイルスのスパイクタンパク質に対しての免疫を獲得しているので、スパイクタンパク質の構造が大幅に異なる変異株が出現した場合には新型コロナワクチンの有効性が低下する恐れがある。

アメリカのCDC(疾病対策予防センター)などでは、変異株に関する情報を集め、現在認可されているワクチンの変異株に対する有効性などに関する研究が日夜行われている。

mRNA医療の未来

mRNAを用いた医療は、新型コロナウイルスのワクチンという形で一気に脚光を浴びた。

MIT Technology Reviewによると、mRNAを用いた医療の研究自体は20年も前から行われていた。 そして、”メッセンジャーRNAのテクノロジーの準備が整ったちょうどその時に新型コロナウイルス感染症が台頭した ~中略~ 私たちは幸運であったのだ。”とレポートしている。

新型コロナウイルスのワクチンという形で登場したmRNA医療。

生命のメカニズムを利用し、患者自身の体をバイオリアクターとして、患者自身の細胞内でRNAの設計図をもとに薬を生成するこの医療は、新型コロナワクチンを皮切りにますます応用されていくであろう。

image

ミテモからのお知らせ

ミテモからのお知らせ

執筆者

Deeper ライターズ

人気記事

すべての記事

新着記事

すべての記事

関連記事

すべての記事